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身のほどは良く知っておこう〜

2004.2.13
 先日、兵庫に日帰りで出張に行っているNatsuwayから電話が入った。
N:「いま東京はどうなってる?」
P:「あ?晴れてるよ。。」
N:「違うよ!マラソン!!」
  「はま〜ん(浜野健 トヨタ)が出てるでしょ!!」

 名古屋国際女子マラソンの日は知っているが、男子のマラソンの日程などまったく知らない。正直言って興味がない。マラソンには興味はないが、後輩、先輩の応援はしたい。浜野選手は、我々が4年生の時の箱根駅伝の10区で、途中棄権のためゴールが出来なかった。しかし翌年は予選校からの出場で3位になった。汚名を自らの手で挽回しただけに、彼に対する思い入れは大きく、いつも応援している。東京国際マラソンではかなり絞ってきたらしいが、痩せすぎちゃってまったくの別人だった。それにしても、トヨタは順天堂のエースというエースがいるにもかかわらず、トラック、駅伝の活躍が乏しいのは気のせいだろうか。某パソコン会社も勝てないなぁ〜。いいなァ〜それで給料もらえて。
 今年、お正月に優勝した中国電力には、今更ではあるが心から祝福したい。なにより、同級生の内富君が頑張っていることは、非常に嬉しいことだ。
 お正月の駅伝と言えば、某カレー会社の監督が解説をしていた。箱根駅伝でも解説をしていたが、私が言うのも大変に失礼なことではあるが、あの解説はもう二度と聞きたくない。自分の現役の時の自慢話はどうでもいいし、表情のみで調子の良し悪しを語られても参考にはならない。あれじゃ解説でもなんでもなく、ただの感想だ。
 なんとか通信の選手のことを監督に
 「彼は日本の宝だから、大事に育てなさい」
○○食品の方が日本の宝は山ほどいたではないですか。挙句の果てに
 「箱根の山のことは私は分かりましぇん」
 「金ちゃぁ〜〜ん」
って突然振るなよ。仮にもW大の監督やってたではないですか。
 ○田○美さんは
 「今日の○○選手の朝ごはんは・・・」とか
 「□□選手のご主人とは△△年に結婚して、お子さんがどーのこーの・・」とか
どうでもよすぎて面白から人気があるのだ。むしろ相当リサーチしないと分からないネタばかりだ。
 とあるシンポジウムでQちゃんと監督の批判をしてしまいました。確かに○○食品の選手がアテネをほぼ確定にした直後で、強気だったとは思います。しかしそういう時こそ控えめにしておかないと、
 「だって彼は移籍してきた選手ジャン」とか
 「東京に出てた選手は、やっぱり全然ダメジャン」とかって、素性を良く知らない僕みたいな素人さんに誤解を招いてしまいます。
 おまけに日本陸連の批判までしちゃって。選考レースでないビワ湖で勝って、五輪に出られたのは誰のお陰だったのでしょうか。。。
 3時間も4時間も説教され、土を食べていた方は、渋谷のド真ん中にいる選手を育てることは、やはり難しいのであろうか。
 今年からW大のコーチになったY幸君。ちょっとふっくらしちゃったね。評価は結果のみ。過程は評価の対象にならないからね。頑張りなされ。

 さてさて随分と脱線してしまった。ついでだからもう少し脱線しよう。
 2〜3日前、長距離の男子日本代表選手が各種測定に順大に来ていた。砂場でエライ人数でワイワイやっているなと思っていたら、半分は学生だった。大変に失礼ではあるが、オーラが感じられなかった。僕がデカイからって訳ではないが、みんな結構ちっちゃいんだな、っていうのが第一印象。これで世界で戦えるのかな、っていうのが第二印象。第三印象は・・・やっぱりS総監督は「えばりんぼう」さんだった。

 男子長距離界が、世界に出ると低迷しているのがなんとなく分かった。標準記録を切る練習をやっているからであろう。勝負に強くこだわる練習が重点におかれていないから、いわゆる本命が優勝せずに、その時にビンゴした選手が勝つのだろう。
 もともとマラソンのお家芸は男子だった。S兄弟、S湖、N山、K玉、I藤、、、偉大なランナーのほとんどは指導者となっている。もう一度、女子からお株を奪いとって欲しいと願うばかりだ。なにはともあれ、箱根駅伝で活躍した選手は、もう一度ひと花咲かせて欲しい。東京で優勝した選手も、地味ではあるが箱根で活躍した選手だ。昔の栄光などはさっさと捨てて、とっとと五輪に出てくれ。

 さてと、僕も頑張ろうっと。
 次の対戦相手は・・・
 ん??僕に1番向いているスポーツって一体何なんだろう・・・\(^o^)

2度あることは3度ある・・・〜

2004.2.02
 しかし、「3度目の正直」ということわざもある。
 あなたはどちらを信じますか?

 スケルトン競技第一人者の我が師匠、越選手(システック)が、日本人選手に3連敗中である。その選手とは、東條選手(仙台大学・研究生)。スケルトン歴5年目に入る選手であるが、若干23歳。
 12月に行われたWC第2戦、アメリカのレイクプラシットというコースで、越選手が東條選手に負けた。もともと彼が苦手としているコースであるとは言え、2本目に逆転を喫してしまった。順位も15位と16位ということで、我々は
 「越さん相当苦手なんだなぁ〜あのコース」という評価でしかなかった。
 しかし、先日行われた長野での日本選手権で事件は起こった。1本目に東條選手が越選手より先に滑走したのだが、その時のゴールタイムが55秒12。日本選手のコースレコードは、越選手の55秒03か04であるから、東條選手の記録の良さより、越選手の日本選手初の54秒台に期待が集まる。そして越選手の1本目の滑走。なんと55秒30。スタート地点では、どよめきと驚きの声が響き渡る。ソリ競技での0秒18はかなり大きい。
 言葉はいつも通りの温和な口調であるが、明らかに険しい顔の越選手が帰ってきた。
 「いやいや最後の方で失敗しちゃったよぉ〜」
"世界一綺麗な滑走ライン"で知られる越選手からの珍しい一言だ。というより、今までは多少ミスをしても、長野のコースで、特に日本選手に負けることはなかっただけかも知れない。
 そうこうしているうちに2本目の滑走。最初に越選手が滑走した。ゴールタイムは55秒16。スタートが課題と言われているが、日本選手権でのスタートタイムは5秒06の自己新記録で2位である(1位はあたくしで4秒85←日本人最高タイム樹立 ゴールタイムは聞かないで・・・)。男、越和宏!根性を見せてくれました。
 これで東條選手が55秒33以内でゴールすれば優勝となる。その彼の2本目はなんと、55秒05。選手・観衆は大拍手である。
 「東條君が勝った!!あいつすげぇ〜なぁ〜。本物だよ」
 我々選手の驚きは、東條選手は決して綺麗な滑走ラインではないのにタイムが速いことだ。日本選手権の2本目も、越さんは最高の滑走ラインを通っているが、東條選手はかなり壁にぶつけているし、
 「え!そこからカーブに入ったらまずいでしょ」
という所から平気で突っ込んでいく。しかしそれだけ彼は全身の力を抜いて、ソリに全てを託して滑走しているのだ。越選手は自らソリを操っているの対し、東條選手はソリに操られているのだ。
 僕が今1番悩んでいることは、今まで気合いと根性で勝ち進んできたが、スケルトン競技はそれでは勝てない。いかに力を抜いて、ソリに任せるかがポイントになってくる。でも壁にぶつかったり、カーブでG(重力)がかかったりすれば当然力が入るが、それでも力を入れてはタイムロスになる。東條選手はその「脱力」がかなり上手なのである。練習中では、肩やら腕やらをザックザクに擦りむいたり、口の中を切って血をダラダラ流しながらでも、ニコニコ笑って、
 「いやぁ〜ビックリした」
程度である。こっちがビックリだ。それでもゴールタイムは相当いいから、みんなが悩んでしまうのだ。 
 
 さて、日本選手権が終わってWC第3戦のリレハンメル。
 「2度あることは3度ある」の東條選手か、
 「3度目の正直」の越選手か、非常に注目された。
 ふと試合当日に国際連盟のHPで〜LIVE Result〜を見ていたら、1本目終わったところで越選手が6位と表示されていた。やっぱりさすがだなぁ〜。東條君はぁ〜・・・・・なんて思いながら下を見ていっても、稲田選手しか見当たらない。
も・し・か・し・て・・・・と思い、上から見たら2番目に東條選手の名前があるではないか。これは滑走順かなぁ〜とまだ疑ってよくよく見たら、間違いなく2位であった。鳥肌が立った。
 「うっそぉーーーー」
思わず叫んでしまった。その後ずっと〜LIVE Result〜を見ていたが、2本目で恐らく越選手は失敗をして、順位を一つ落としたが、その後の選手も失敗したであろう、越選手より更に順位を下げた。結局東條選手は1本目の2位を守りきり表彰台である。越選手も6位と素晴らしい順位である。WCで日本選手が二人も入賞したのだ。
 「3度目の正直」より「2度あることは3度ある」に軍配は上がった。勢いとは恐ろしい。
 マイナー競技であるスケルトン競技を、世界で通じる競技にしてきたのは越選手である。彼はスケルトン競技だけでなく、マイナー競技全てのパイオニアであると僕は思う。
 スポーツの世界は「勝ち癖」「負け癖」と言うのがある。今回の2人にはそれぞれがあてはまる。
 次の第4戦は、ラトビアのシグルダという、スケルトンでは初のワールドカップ開催で、「なんじゃこりゃ」という程の難しいコースだ。非常にハイレベルな技術を要する所なので、技師・越和宏が勝つか、勢いの東條香舜(こうしゅん)が勝つか、乞うご期待!!

 女子マラソンは・・・・・「3度目の正直」か?「2度あることは3度ある」か?
 Qちゃん あなたはどちらを信じる???
 3月14日の名古屋国際女子マラソンに注目です\(^^)

国際ボブスレー・スケルトン連盟HP
http://www.bobsleigh.com/
 

「失格」には抗議を〜

2003.10.2
 世界陸上 男子100mのドラモンドの失格騒動は未だに腑に落ちない。
 もともとパフォーマンスの激しい選手ではあるが、彼の行為・行動は決して褒められるものではない。しかし一選手としての意見は「良くやった」である。
 しかしながら役員の毅然とした態度も批判は出来ない。が、スターターはヘタクソだった。
 現在のフライングに関するルールは、1/100を争う我々には大変に厄介なものだ。見る側にとっても、決勝で素晴らしい記録を見たいであろう。しかしながら選手としては記録よりも「勝負」に徹することにならざるを得ない。時間短縮のためのルール変更が、競技をつまらなくさせてしまっていることは間違いない。
 実際問題、今回の世界陸上におけるショートスプリント競技での好記録は、決勝ではなかった。男子100mは10秒台、110mHも13秒1台。200mも20秒台に留まった。今までではありえないことだ。確かにトラックが柔らかかったとか、マイケルジョンソンのようなスーパースターがいなかったことも原因ではあると思うが、それにしてもである。多くの日本人選手が活躍してくれたことは大変に良かったが、見ごたえのある大会だったかといえば、それは「非」である。
 フライングのルールにはもう1つ欠点がある。スタートの遅い選手が1本目にわざとフライングをする。そうなるとスタートで皆が慎重になってしまい、苦手な選手にとっては多少都合がよくなる訳だ。と言っても結局勝つ者は勝つのだが、高記録の可能性は少なくなる。先日の全日本実業団での110mH決勝は一度フライングがあった。結果は内藤選手(ミズノ)が13秒57で優勝したがスタートは相当遅かった。一発でのスタートならば日本記録の可能性はあっただろう。
 このルールがある以上、スタートで「カマかける」とかをしてはならない。それが競技者としての心得だ。というか、一回でもフライングをした者からドンドン失格にしていけばいいことだ。

 ちょっと前の話だが、8月の関東選手権で競技人生初の「失格」を味わった。準決勝で隣のレーンの田中選手と接触をして2人ともハードルを越える事が出来ずに途中棄権。しかも彼のアキレス腱を思いっきり踏んづけてしまった。そして僕が押したということで失格扱い。ハラワタ煮えくり返るほどは悔しくなかったが、田中選手は救済処置ということで決勝9レーンで走れることとなった。納得がいかないと言うか、下った判定に有意差が出たのが何よりもガッカリだ。2人とも失格か、再レースかをして欲しかった。ハードル競技はぶつかるものだ。どっちが良いか悪いかではない。例えば隣の選手が勝手に転んで、自分のレーンに入ってきたら「救済処置」は取るべきだが、今回のようなケースは「お互い様」のレベルではなかろうか。僕も僕でたいした抗議もせずにスゴスゴ引き下がってしまった事に後悔をしている。そんなことよりスタート出遅れて焦っている自分に反省をしなければならないのだが・・・。救いはアキレス腱をテープでグルグル巻きで走った田中選手が3位になってくれたことだ。今更だけどおめでとう。

 僕も31歳、ドラモンド選手は30中盤。我々にはもう競技者としての時間がない。例え記録会でも一試合一試合が大事な勝負である。怪我をしている暇もなければ「失格」なんかで競技場を去りたくない。おまけに「巻き添い」なんかもくいたくない。でも僕には「時間がない」と言う意識がまだ薄いのだろう。だからロクな抗議も出来ないのだ。ドラモンド選手はアメリカという選手になるには厳しい所で代表入りしてを参加したわけだ。来年の五輪に選ばれる保障はない。だからこそチャンスをつかんだ世界陸上で一花咲かせたかったことだろう。僕が彼でも同じように抗議したと思う。どんな批判を浴びようが抗議をしたと思う。
 
 関東選手権は結局スタンドで決勝を見ることとなった。陸上競技を客観的に見るのもいい勉強だ。女子200mでは花岡選手(幅跳び・office24)が23秒台で優勝した。実に見事だった。決してピッチがあるわけではなく、幅跳びに助走のようではあるが、鍛え抜かれた筋金入りの太ももであれよあれよと進んでいく。すでに来年の五輪出場を見据えているだろう。今後も池田選手との死闘を楽しみにしていきたい。

 陸上競技って運動会の延長だよな・・ということに気付いた今日この頃\(^^)

ミズノTC 万歳!!〜

2003.9.9
 室伏選手、そして末續選手 銅メダルおめでとう!
 室伏選手は周囲の期待、そして自分本人も金メダルを獲得することが目標だったかも知れないが、2大会連続のメダル獲得は実に素晴らしいことである。
 今回の2人の活躍は、無論本人の努力もあるかと思うが、その努力できる環境を見事に作って頂けるミズノTCの理解と援助があったからこそである。
 何を間違えたか私もミズノTCの一員であった。学生時代、金子先輩(宗弘・ミズノ 十種競技 現日本記録保持者)が1日中大学のグランドで練習をして、時には一緒にハードル練習をさせていただき、生き方の豪快さには度肝を抜かれていた。僕にとっては偉大な先輩すぎてまともに口を聞く事は出来なかった。
 4年生で起こした交通事故もあって、関東インカレで予選落ちをして、数日後に気の抜けたように練習をしている時に金子さんが声をかけてくださった。
 K「インカレお疲れ。おまえぇ〜来年どうするの?」
 P「はい・・・陸上を続けたいんですが、このままの成績じゃ・・・」
 K「あ〜 でも沢木先生に相談した?」
 P「いえ まだです。でも僕はミズノTCで陸上を続けたいです。」
 K「だったらなおさら沢木先生相談しないとっな」
 P「でも、僕なんかじゃ無理です。」
 K「そんなこと分かんね〜じゃんかよ。その抜糸したばかりの腕で走ってる姿を  見てる人はちゃんと見てるから大丈夫だよ。言ってみ。先生に。」
 その言葉に勇気づけられて、意を決して沢木監督に相談をした。もちろん突き離された。
 「おまえなんかが行ける訳ないだろう。なんでミズノなんだ」
 「はい 僕は日本一になるために、ミズノへ行きたいです」
 と言ったが軽く交わされて終わった。
 その後はミズノの陸上販促の中村氏を通じて、上治常務(当時は部長)とお話をいただける機会をいただいた。
 「前向きに検討します」
 とのお答えだったが、半信半疑ではあった。
 それから日本選手権7位、日本インカレ2位の成績が評価され、同期入社の方々とは違う条件で(多少少ないお給料で)ミズノTCへ入ることが出来た。
 当時は等々力選手(ハンマー投げ)、金子選手、吉田選手(孝久 走高跳2m31)、生方選手(7種競技・前日本記録保持者)、中道選手(100m 10秒1)、そして同期に大森選手(盛一 400m バルセロナ・アトランタ五輪代表)という全員が日本代表という所に、ホントに場違いで入ってしまった。
 でも入った以上はやるしかない。先輩方々から、種目は違えど「アスリート魂」を植え付けられ、トレーニングだけでなく、意識改革をすごく学ぶことが出来た。 その結果、1年目の日本選手権では、自身初の13秒台で2位になり、福岡ユニバーシアードへ出場が決まった。2年目はアトランタ五輪の年。もちろんその為に頑張ってきたがカスリもせず。しかし同期の大森選手が出場。これは非常に嬉しかったが、悔しくもあった。その時に「五輪へは絶対に出よう」と決めた。
 3年目は母校で教員になるためにミズノを退社。しかし退社直前まで合宿をさせていただいたことは今でも感謝をしている。そのかいあって、この年の日本選手権では優勝、そして長野五輪へ出場することが出来た。
 自分の昔話で長々と書いてしまったが、陸上競技で世界を目指す為にはミズノTCは非常にいい環境である。在籍当時はそのことに気付かなかったことが僕の人生の汚点である。やめてからこそ気付くことかもしれないが、やさしい会社であることは事実だ。
 昨年、11年間お世話になっていたミズノを裏切り、他社の製品を着用していた。もちろんそれは冬季競技を続けるには有利なメーカーである為である。しかし、順大陸上部のあるパーティーで上治常務からお声をかけていただいた。
 「1〜2年しかうちにいなかったかもしれんが、アスリートとして現役にこだわっているおまえに出来ることはしたい。水臭いこと言わないで俺に任せろ」
 この言葉に心を打たれ、今年からまたミズノにお世話になっている。昨日もスパイク等の打ち合わせに冬季販促の黒岩氏にお会いしてきた。ミズノ方は本当に皆さん気さくで、気持ちが良い。しかしその気さくさがアダになって、指導者や選手に悪く言えば利用されてしまうこともシバシバある。
 「ミズノだから出来るだろう〜」
 大体はこの言葉で片付けられてしまう。しかし、本当になんでもやってしまうのがいけない。出来ないものは出来ないとハッキリ断る勇気も大事だと思う。ま、それは無理なことなので、お願いする我々が無理を言わないことが1番。
 すっかり話がそれてしまった。今ミズノTCには10数名選手がいる。どの選手も素晴らしい選手ばかりだ。この選手達を影で支えているのが長谷川さん(順子・現 等々力順子 400mH 東京世界陸上代表)である。この長谷川さんのお力なくして今のミズノTCは語れない。もちろん僕がいた時も本当にお世話になった。会社では2人でベラベラ話してばかりでさっぱり仕事が進まず、よく上司に
 「いいから手を動かせ!手をぉ〜〜!!」
と怒られたもんである。
 
 今回の世界陸上では、同一チームでは最多の5名が出場した。400mの田端選手はマイルリレーで8位入賞。110mHの内藤選手は準決勝まで駒を進めた。予選では13秒5台の素晴らしい記録を出している。走高跳の今井選手は残念ながら記録なしだが得るものは大きかったであろう。今回参加できなかった選手は悔しい思いを胸に来年の五輪出場を目指して燃えていることと思う。しかし、「五輪に出るのは当たり前」というプレッシャーの中で競技をすることは選手達としては苦しいことかもしれないが、逆にこんなにハイレベルなチームで競技を出来ることは羨ましい事だ。五輪は出たいと思うだけでは出られない。五輪でメダルを取りたいと思わないと出られない。皆さんの検討を祈りたい。
 僕は1度ミズノを出た人間なのでなんとでも言えるが、実際の選手達には不満もあることと思う。しかし僕は日本一理解のある会社だと思う。そして陸上販促には先に紹介した等々力さんもいる。金子さんもいる。強い味方だ。

 競技力を高めるには、ただトレーニングをするだけではダメだ。環境を整えることが最優先。自分よりも意識と競技レベルの高い選手といること。自分よりも意識と競技レベルの高い選手とトレーニングをすること。そして見守る方は多くを語らない。ガキの頃、親に「勉強しなさい!」と言われるとやる気が失せたことだと思う。それと一緒だ。
 人生においても同じことだと思う。まだ31年しか生きていないが、わざわざ人生経験豊富な方、商売で成功した方、人脈の多い方、そういった人生レベルの高い方とのお付き合いを大事にしている。言葉の節々から「なるほど」と思うことがたくさんある。あくまで「出会いと挑戦」。この言葉を肝に念じてこれからも精進していきたい。

 競技者として、ちょっとばかし遠回りをしたかもしれないが後悔はしていない。
むしろ今までの経験を「力」として夢を実現していきたいと思う。
 今回は決してミズノから金をもらったわけではありません。あしからず\(^^) 

世界陸上見てますか!?〜

2003.8.25
 岩水選手!おめでとう!!
 23年ぶりの日本記録よりも、決勝進出には頭が下がる。
 彼の大物ぶりは入学当時の伝説の多さからも伺える。色々なことがあるが、中でもS総監督に「自覚が足りん!!」と怒鳴られ、「ジカクって何ですか??」と答えてしまった。しかも四年生の時に。本当に分からなかったのか、怒鳴られた勢いで頭が真っ白になったのかは今だ不明だが、その他モロモロの彼の出来事から、なんかやってくれそうな気がしてついついビデオを録画モードにした。
ラスト1周で先頭にたった時は、思わず「あらららぁ〜 やっちゃったよ〜」なんて声を出してしまったが、なんのなんの素晴らしい日本記録で決勝に進んだ。丁度この前「1500と3000障害ってなんで記録破られないの?」なんて話をしていたところだった。レース後のコメントを聞いても「大人になったなぁ〜」とついつい感動してしまった。TOYOTAには彼にとっての順大の先輩や同級生がたくさんいる。日本で応援している選手達にもかなりの刺激になったことだろう。
 TOYOTAと言えばゼッケンスポンサーになっている。ゼッケンどころか至る所に日本企業の看板が見られる。そう言えば世界水泳でも多く見受けられた。本当に日本経済は不景気なのだろうか?ボブスレーでも海外チーム・選手に日本企業がスポンサーになっている所が多い。日本という国は所詮見栄っ張りのお国なんだな。
 そんなことよりも織田君!岩水選手のことを「すいません。勉強不足です。こんな選手いたんですね」は失礼だろ。ただでさえ陸上関係者からは「また織田裕二ぃ〜・・・(ファンの方ゴメンナサイ)」と言われているのだから、片肘ついて、ペンをクルクル回して、「女子の棒高跳びが見たい!!」なんて言ってる暇あったら、海外選手リサーチする前に日本選手の取材を徹底的にしなさい。はっきり言って短距離は井上悟さん、中長距離は金さん、投擲は小山先生(日大)、そしてパリからのムッシュ苅部の解説があれば充分に楽しめる。一般の視聴者からの人気はあるかもしれないが、見ていて非常に不愉快だ。今日は男子100m二次予選で、フライングをめぐる大トラブルがあった。それを「こんなことは世界陸上始まって以来です」って当たり前だろ。去年からルールが変わったのだから。 インカレで「一年生が初優勝です!(←これも当たり前だろ)」って言ってしまったようなものだ。頑張っているのは良く分かる。しかし貴方が見たいのものを皆が見たいと思っているわけじゃない。独りよがりの司会なら勘弁して欲しい。
 男子100mでのフライング事件は本当に驚かされた(ニュース参照)。ルール改正に踏み入ることになるのかなと思わせる。すったもんだした挙句、事件のあった2組目が最終組に回されることになった。そこからが大変。「位置について」の度に観客のブーイング。たいがい頭にきたボルドン選手(トリニダートトバコ)が「TDK」の看板に鉄拳。これには観衆の是非が問われる。スタートを妨害して審判に抗議をしているのだと思うが、それはお門違いである。審判に対して抗議するのは、選手やコーチといったものがやるものであって観衆がするものではない。スポーツの観戦の仕方を知らない日本人にもホトホト呆れるが、マナーの悪いヨーロピアンにはガッカリだ。要約スタートしてそのボルドン選手が10秒09で走ってしまう。本来の時間よりも1時間近く遅れてのスタート。末恐ろしい。しかし同じ組みには、水戸国際で9秒93(なんと今季世界最高)で走ったパトリックジョンソン選手は10秒27で落選してしまった。やはり勝負強さというのは、場数を踏んでこそ生まれる。トレーニングは記録を出す為ではなく、勝負に勝つためにするものだ。黙々とタイムを計るトレーニングよりも、常に勝負をさせるトレーニングでなければいけないのだ。 ちなみにボルドンと同じ国のブラウン選手は10秒01のジュニア世界新記録を出した。
 長くなったので最後にもう1つ。女子10000mの日本選手のレース後のコメントを聞いたか?日本の未来は真っ暗だ。「かっとぶ」のは走りだけにして脳ミソまでかっとばないでくれ。君達は仮にも日本代表だ。マスコミもそんなのをはやし立てるな。指導者は競技だけ指導すればいいってもんじゃない。もっと「ジカク」について指導しなければならない。
 でも「ジカク」ってなんですか??って言う勢いだよなぁ〜あれじゃ〜\(^^)
 

高校球児に感動〜

2003.8.20
 野球好きの方には本当に申し訳ないが、僕はプロ野球も高校野球も興味がない。自分自身が野球が不得意というのもあるし、野球どころか、自分とボールの間に何かが入るともうダメだ。テニス・卓球・ゴルフ・バドミントン等など・・・。
 今年はなんでか高校野球がテレビやニュースで目に付いてしまう。もともと気になっていたのは、義足の選手がいる今治西(愛媛)である。この選手の打率は県大会ではチーム一であった。ハンディキャップを持っていても、それをハンディキャップであると決めつけてしまうのは外野の人間である。本当のハンディキャップの持ち主は、夢も希望も失った人間ではなかろうか。
 今治西は甲子園の初戦を飾った。その時の彼のコメントは
「とにかく1勝することを目指して頑張ります」
である。そのくらいの言葉しか浮かばないのかもしれないが、欲ばかりかいている僕にとってはとても新鮮な言葉に感じた。
 駒大苫小牧(南北海道)の試合は、ボブスレーの合宿中に選手達とテレビで観た。ボブスレーは野球出身・北海道出身の選手が多いため、僕も一緒になって観戦した。なんと一回戦で8−0で勝っていたが雨の為ノーゲームとなり、再試合で2−5で負けてしまったのである。
「こういうのってありなの?」
なんて話をしていたが、試合後の選手のコメントは
「相手の勝ちたいという気持ちが、僕らより強かっただけのことです。」
なかなか高校生でこのような言葉は言えないと思う。確かに僕も指導をしている選手・生徒には
「決勝の順位は勝ちたいと思っている強さの順位。そして努力の順位」
と言っている。
 コメントと言えば、世界陸上に出場する選手の中にはお粗末なコメントを言う選手もいる。
「○○秒を絶対に切って、決勝でメダルを取り・・・たい・・・なぁ〜〜なんて」
と言う選手もいれば
「ま、なんとかなりますよ。あははは。頑張りまァ〜〜す♪」
なんて言う選手もいる。
 陸上界もここ数年で世界にドンドン近づいている。参加する選手は多くの方からの応援と憧れを抱かれいるのだ。アスリートは競技力が高いだけではダメだ。態度や言動もハイレベルであることが宿命だ。言葉に自信がないのなら、
「そうっすね。頑張ります。前に出るだけです・・・(なんか競技が違うな)」
って月並みなことでごまかした方がまだいい。
 おっと道が逸れてしまった。昨日は午前の練習を終え、昼飯を食べながら東北高校の試合を見ていた。昨年、仙台育英でお世話になったこともあり、宮城県代表のチームとして応援している。延長11回裏で東北高校がサヨナラ勝ちをしたが、両チームとも素晴らしい2年生ピッチャーの投げ合いで死闘を繰り広げてくれた。どっちが勝ってくれても嬉しい試合であった。
 
 最近僕は競技に対して「守り」に入っていた。インカレを見たり、インターハイを見たりすると、その時は燃えるのだが長続きしない。31歳にもなると、20代の時のような「ハングリー精神」がなかなか出てこない。しかし一番忘れていたのは「初心」である。何故、今でも陸上を続けているのか。何故、スケルトンに挑戦をしているのか。勝つことばかりにとらわれていたが、単に「スポーツが好き」が原点である。高校野球を観て思う。クソ熱い中、長袖・長パンに汗だくで砂にまみれ、ファーストにヘッドスライディングで突っ込み、一球一球が勝負の世界。ここまで来るのに彼らはどれほどの練習をしてきたのかと思うと、僕なんてまだまだ甘えているなと感じる。彼らは全員言うと思う「野球が好きです」と。今僕は純粋に「陸上が好きです」とは言えないが、そういう風に言えるようになってから引退を考えよう。
 アマチュアスポーツで飯は食っていけないが、続けていることに人生の意義がある。適当にやっている選手や学生諸君。中途半端にやるなら時間の無駄だ。早く新しい道を見つけることが懸命である。
 人生は一度きり。悔いのない人生を送りましょう。\(^^)
 

前市長 実刑判決〜

2003.8.17
 
<市長汚職>前八千代市長に実刑判決 千葉地裁

 千葉県八千代市の清掃センター管理委託契約に絡む汚職事件で、千葉地裁は14日、収賄罪に問われた前市長、大沢一治被告(55)に対し、懲役2年6月、追徴金4600万円(求刑懲役3年6月、追徴金4600万円)の実刑判決を言い渡した。大谷吉史裁判長は「市民に尽くすという初心を忘れ、有権者を裏切った」と述べた。大沢被告は量刑を不服として控訴する方針。

 贈賄罪に問われた「泰成エンジニアリング」(東京都新宿区、現テスコ)の前社長、高橋久治被告(68)には「大沢被告からわいろを一方的に要求された」と、懲役2年執行猶予4年(求刑懲役2年6月)を言い渡した。

 判決によると、大沢被告は清掃センターの運転管理業務を「泰成」に受注させるなど便宜を図った見返りに、99年2月から01年8月にかけて計10回、総額4600万円を自分名義の銀行口座に振り込ませた。大沢被告は4億円を超える借金の返済などに充てていた。

 僕は八千代市在住である。大沢被告とは、政治絡みとはまったく別にして応援してくださった方なので、非常に残念なことである。僕の知る限りでは、とても誠実で、スポーツが好きで、楽しい方だという印象を持っていた。
 「大沢一治逮捕」は友人からのメールで知った。正直言ってなんの罪で逮捕されたのかが想像つかなかった。「賄賂」と聞いたときは本当に驚いた。僕に何が出来るわけではないが、力になれればという気持ちはないことはない。ただ、逮捕させた時に最初は否認をしたり、実刑判決が不服だから控訴すると言ったり、いさぎの悪さは目につく。
 弁護するわけではないが、人間的には決して悪い人ではない。どんな人とでも気軽に話をするし、腰は低いし、聞き上手だし、「市民に尽くす」という気持ちはいつも持っていた方だと思う。今まで数えるほどしかお会いしたことがないので真髄までは分からないが、犯してしまった罪はいかなる理由があったとしても我々市民を裏切ったことには代わりはない。深く反省をして罪を償っていただきたいと願う。
 このようなことがあると、今まで散々世話になっていた人のほとんどは
「実は怪しいと思ってたんだよ」 「本当は好きじゃなかったんだよ」
なんてゴマをすっていた人に限って手のひらを返す。大人の嫌な世界だ。
 年を重ねていくと「ひがみ根性」が増えてしまう。「あきらめ」も早くなる。忘れてならない「子供心」 別名「初心忘れるべからず」である。子供の時はとてつもない夢を誰しも抱いていたはずである。夢を持つことはタダだ。いくつ持っていても0円。あまり贅沢にならずに1個くらいは叶えてみてもバチは当たらないだろう。「最近の若者は・・・」という人は「最近の大人は・・・」と若者から思われている。夢のない若者が増えているのは、夢のない大人が増えているからだ。フリーターが増えているのは、大人がフリーターを増やしているのだ。若者の犯罪が増えているのは、大人が頼りないからだ。
 「うちの子に限って・・・」←なんて言われている子に限って・・・
 「あの子はやれば出来るのに・・・」←やらないから出来ない。
 人を疑う前に、まずは自分を疑うべきだ。
 人の悪口を言う前に、自分はどうであるか考え直すべきだ。

 今日僕は携帯片手に、「かぁ〜ちゃん俺の携帯知らない?」・・・ってな\(^^)

日本記録おめでとう! 世界陸上頑張れ!!〜

2003.8.15
 「日本記録保持者がそんなに気合い入れてアップせんでもいいがなぁ〜」
 「いえいえ これも業務ですから」

 5月の東日本実業団での内藤選手(ミズノ・110mH)との会話である。
 小癪(こしゃく)な若造が多い中、内藤選手は昔から非常に礼儀正しい選手である。
 高校時分は「高校生初の13秒台に期待」などと言われ、大会ではサングラスなどしていた為、僕的にはあまり好印象とは言えなかった。(←あたくしバリバリ体育会系なもので) インターハイで八幡君(順大院)に負け、国体では千葉の萩野君(早大→不明)に負け、結局タイトルに恵まれなかった。
 彼がブレイクしたのは大学2年の時だ。
 自身初の13秒台を出したのが確か日本選手権の予選だと思うが、その時も
 「ありがとうございます。本当に嬉しいです。良かった 嬉しいです」
 と、僕みたいに大ハシャギするわけでもなく、喜びをかみしめていた。
 
 今年の日本選手権は、予選で追い参ながら13秒6台でブッチぎり、誰もが彼の優勝は間違いないと思っていたが、決勝でハードルを大きくぶつけるミスをしてしまい、同僚の谷川選手(ミズノ)に先行を許してしまった。
 110mHでは内藤選手だけが世界選手権のB標準をクリアしている為、彼が勝たないことには誰も選ばれない。従って110mHは不参加ということになるはずだった。
 しかしながら内藤選手に限らず、A標準をクリアすれば参加出来る可能性は残されている為、それぞれの選手が様々な大会で、中にはヨーロッパまで行って参加標準記録突破を狙っていた。
 「記録に挑戦」というのは大変に難しい。自身が今まで以上の努力をしなければいけないのはもちろん、大会当日のコンディションも関与してくる。こればっかりはその場が来なけりゃ分からないことである。いわゆる「記録狙い」で大会に参加する選手は、雨が降ったり向かい風が強かったりすると大抵棄権する。内藤選手は日本選手権後、京都府選手権と愛知県選手権に出場した。京都府選手権の決勝では、向かい風にも関わらず13秒6台で優勝をした。遅くなったがA標準記録は13秒54である。
 そして地元愛知県選手権で13秒47の日本記録で見事A標準記録を突破して世界陸上への切符を手にした。日本選手権で優勝していれば苦労せずに参加資格を得られたのだが、逆に彼にとっては結果として大きな財産を得たことになった。それもこれも、決して派手ではないが彼の陸上競技に対するひたむきな努力と意地に神様が彼にだけ御褒美をあげたのだろう。
 「参加する以上は・・・」「やるからには・・・」どんな状況だろうが、結果がどうであれ、最善を尽くすことが競技者としての最低限の心得である。
 内藤選手の競技に対する意識の高さはピカ一だ。世界陸上では活躍してくれることを心より祈っている。
 来年はアテネ五輪。本当に出たいと思っているものは、明日から心を入れ替えて冬季練習に入りなさい。
 
 そういえばその他の追加選手には疑問を抱かせる選手が何人かいた。
 ってことは今年中にA標準だけ切っておけば、来年の日本選手権で勝たなくても五輪に出られるのかな?
 そうなると僕は明日からの冬季練習はまだまだ繰り越しだな\(^^)

巨人!横綱!改心せよ!!〜

2003.7.16
 最近スポーツ界でどうしても許せないことがある。
 それは「巨人」と「朝青龍」だ。双方のファンの方々には大変に申し訳ない。
 
 一体全体セ・リーグはどうなってるのか?2位とのゲーム差が15ゲーム 6位とは35ゲーム以上差がついている。ちなみパ・リーグは1位と6位が18ゲーム差。これが普通だろう。セ・リーグは阪神が強いだけではない。他の5球団があきらかにダラしなさ過ぎる。そんな中、巨人の弱さはなんであろう。松井選手がいなくなったことが原因ではまったくない。世の中の4番打者を集めて、エースピッチャーを揃えて、ウン十億という金を注ぎ込んでいるのに関わらず、情けないっタラありゃしない。挙句の果てには西武の松井選手を獲得か!?なんて噂が流れる。僕は決して巨人ファンではない。彼らは「巨人軍」としての責任感がなさ過ぎる。読売新聞社だって日本テレビだって経済状態は決していいとは言えないはずだ。巨人に費やしている金で何百・何千という人・家族を救えることが出来る。プロ選手とはなんぞか。彼らにはもう一度考え直していただきたい。
 そして問題は朝青龍の連日のお粗末さだ。「まだまだ若いから」とかクダラナイ理屈を協会は言っているが、結局はそれを野放しにしている協会に責任があるとしか思えない。今場所は9日目で休場になったが、同じモンゴルの先輩との因縁が今後も絶えそうにない。「強いものこそ見本」にならなければならないのが真のアスリート魂だろう。あれでは誰も応援しないし、相撲離れが進むのも無理もない。
 モンゴルの先輩の車のミラーを壊して、親方同士と所有者で和解と言う事件もあった。何故、本人を引きずり出して謝罪させる位のことを親方がさせないのかが分からない。しかしこれとは別に、はっきりいって角界の方々は少しズレている感はある。長野五輪のとき、開会式では関取の方が各国のプラカードを持って入場をした。我々が長野に向かう新幹線が偶然関取の方々と同じになった。ユカタを着て、ちょんまげで、なまらデカイ彼らが、揃いも揃って地べたに座って、お菓子をバリバリ食べながら、スポーツ新聞や雑誌を読んでいる姿を見て僕はガッカリした。それも幕内力士で、3役に入っているものこそ行儀が悪い。
 話は飛んだが、朝青龍を横綱にしたのは相撲協会だ。誰がどうやって責任を取るのかは分からないが、横綱には改心してもらわないことには、相撲どころが日本のスポーツ離れが進行することにもなりかねない。以前にも話した覚えがあるが、どんな世界でも上に立つものほど冷静で謙虚になるべきである。
 それにしても相撲は「日本の国技」だ。現在の横綱2名は「日本国」の人ではない。純日本力士の意地とプライドが微塵も感じられないのも悲しい性である。
 先日、先輩からこんな話を耳にした。彼が学生の頃、事務関係でS総監督からとてつもなく無理な命令を下され、事務の方に相談をしたがやはり出来ないと言われた。そこに当時の事務部長が「困っている学生を助けるのが我々事務の任務だろうが!」と叱咤され、事務部長自らあらゆる裏技を屈指して解決したそうだ。時間通り、マニュアル通りなら子供でも出来る。給料をもらっているのなら、例え事務職であろうと「プロ」であることを肝に銘じていただきたい。ついでに言うなら学歴ほど当てにならないものはない。
 「口より先に行動!」
 何事にも恐れずに、まずは「行動(挑戦)」だ。

最近 話がまとまらないなぁ〜\(^-^)

神様からの指令〜

2003.7.07
 「朝起きると鳥の鳴き声に幸せを感じる」
 「ふと外を見ると太陽の輝きに幸せを感じる」
 プロレーサー太田哲也氏の言葉である。

 太田哲也氏は、1998年5月3日に行われた全日本GT選手権で多重衝突炎上事故をおこし、全身の40%の火傷を負い、瀕死の重傷から奇跡的に一命を取りとめた方である。 
 その後幾度の手術により、日常生活には支障をきたさない程度にまで回復をし、現在は講師活動や実際にハンドルを握ってコースを走ることもある。
 この事故から復帰までいたる道筋を綴った本「クラッシュ」を発行し、6月28日に映画となって公開された。
 
 何故にイノピヨが突然こんなことをコラムにしたのか疑問に思う方もいるかと思う。実は僕も大学4年生の時に結構大きい交通事故を起こしたことがある。
 4年生最初の対校戦となる4大学対校選手権に行く途中、僕は部車の助手席に乗って駒沢競技場へ向かった。あと数百メートルで到着するというところで、交差点から鉄骨を積んだトラックがバックで斜め前からこちらに向かってきた。
「お〜あぶねーあぶねー」という言葉を言ったその直後衝突した。直前に見た時間は6時58分。僕がその後、目を開けた時に見た時刻は7時20分。約20分間気絶をしていた。キャプテンの宮成君(円盤投・大分)が「大丈夫か!?今レスキュー隊が来るから頑張れ!」と言っている。フロントガラスは良く見るとなくなっている。外では大騒ぎだ。「あれぇ〜?これ一体どうなってるんだぁ?」と思いながら車の中を見渡したら、僕以外に乗車していた5人がすでにいない。僕も出ようと動いてみるが身体が動かない。「おかしいな」と思いながら左を見ると、腕がドアに挟まって抜けなくなっいる。人間とは不思議なものだ。それを見た瞬間突然痛みが出てきた。「宮成!腕!腕!」と叫んで、彼も必死になってドアを動かそうとしてくれているが、ビクともしない。しかしながら痛みは増すばかり。救急隊員は「いまレスキュー隊が来るから待ってろ!」とは言うもののどうにも我慢の限界。持っている最大の力を出してなんとか引っこ抜いた。強引に抜いたおかげで、その後22針縫うこととなった。
 まもなくレスキュー隊の方がこられて、「足は大丈夫か!?」という。ふと見るとダッシュボードに挟まれている。「勘弁してくれ。動かなかったら俺のこれからの人生どうすればいいんだ・・・」と思い、うつらうつらしながら動かしてみる。バタバタバタ・・・ 「良かった・・動く・・」と心でホッとしながら「ハイ!動きます!!」とレスキュー隊の方に報告。車から運び出され近くの病院に搬送された。
 4年生の時は、同級生の小苗君(110mH ジュニア日本記録保持者)と日本インカレでワン・ツーを絶対にしようと誓って、ひと冬頑張ってきた。まずは試しに4大学で練習の成果を発揮する時だったので非常に残念だった。病院で手術をし、昼ごはんを食べて、どうにも気になったので歩いて競技場まで行った。S総監督に事故の報告をと思い行ってみたら、案の定ガミガミと言われた。「ハイハイ」と聞いて小苗君のレースを見た。豪快に優勝してくれた。1年生で学生記録(13秒92)で日本インカレ優勝してからスランプに陥り、試行錯誤していた彼を知っているだけに本当に嬉しかった。
 関東インカレは抜糸3日後で出場したが予選敗退。しかし日本インカレは小苗君とワン・ツーを飾れた。
 
 僕が今こうして競技にこだわって続けているのは、この事故をした時に神様から「おまえにはやり残している事がある」と言われた気がしてならないからだ。僕にとっての「やり残したこと・・」 それは競技に感することしかない。当時抱いていた目標は「日本一」と「五輪出場」この二つだ。この二つを人生において絶対に成し遂げなければ、神様から天罰を食らうと真剣思っている。一応この二つの目標は達成したが、まだ「命と足」は健在だ。神様はまだ僕に満足してくれていないのだろう。あと僕に出来ることは「世界一」しかない。その為に「スケルトン」という、痛くて恐ろしい競技に僕は人生を賭けている。
 事故を経験して思ったこと。
 「生きていることは特別なこと」
 「自由に手足が動かせることはもっと特別なこと」
 もっともっと「生命」ということに対しての特別な思いはたくさんあるが、1分1秒を絶対無駄にしないと誓った。気絶をしていた20分間の間に、僕が目を開けることなく命を神様に奪われていたらと思うと、恐ろしくてしょうがない。
 太田氏とは比べものにならない経験ではあるが、おそらく「生命」に対する気持ちは少しばかり同じではないかと思い、冒頭に紹介をした。
 このコラムを読んでいただいている皆様にも、素晴らしい「命」、貴重な「時間」が平等に与えられている。1度きりの人生、悔いを残さず一生懸命に生きたい。

 最近悪口ばかりだから、なぁ〜んかカッコ良く聞こえるなぁ〜〜\(^o^)

批判はしたけれど・・・〜

2003.7.03
  ・・・自分に出来るだろうか   みつを
 
 「人間だもの」で有名な相田みつを氏の一節である。
 人の悪口や批判は何故か団結力を生む。不思議なものだ。なにか事あるごとに○○評論家の△△氏という方がテレビにお目見えする。たいそうご立派なことを申しておるが、貴方に出来るのか?と問いただしたくなる。
 総理大臣や政治家の評論をする人は後を絶たない。だったら貴方が総理大臣やりなよと言いたくなる。
 政治家で思い出した。ここ最近、ある政治家達の爆弾発言が問題を引き起こしている。ずいぶんさらりとニュースになって終わっているが、とんでもない大問題だ。それを「厳重注意」とは何事だ。中には留置所にいながら辞職しない、なんとかハウスの人もいる。あ〜やだやだ日本の政治家。
 スポーツの世界でも「批判」が大好きな人はもちろん多くいる。それが指導者同士となるととても嫌なものだ。「あいつの教え方はよぉ〜」「あの先生の考え方って・・・」こんな言葉は日常茶飯事にあちこちから耳にする。だいたいそういう人に限って核心的な考えを持っていない。おまけに「批判」をネタに、あたかも自分は非常に素晴らしい指導者のようなことを言って、信者を増やそうとする。
そのような指導者についていこうとする選手も選手である。しかしながら、自分が信頼してきている指導者の批判まではされたくない。大きなお世話である。
「あんた何様?」と聞いてみたい。もちろん「神様」と答えてほしいものだ。
 中にはこんな人もいる。「俺が見てないからあいつはダメだな」とか「俺の言うこと聞かないからあいつは見ない」 一体全体この自信はどこから来るのか。いやはや本当に恐ろしい。
 良い指導者・悪い指導者は選手が決めることであって、指導者本人が決めることではない。選手の皆さんも指導者を批判する暇がなら指導者を変えなさい。誰の為に競技をやっているのかを考えなさい。文句をいいながら、やりたくもない練習を強制されている「時間」がもったいない。トレーニング方法に「正しい」も「間違っている」もないのだ。自分のトレーニングに「自信」を持ってやればいい。要は結果を出せばいいのだ。どんなに練習したって2位は2位。適当にやっていたって優勝は優勝。競技スポーツに努力賞はない。評価されるのは勝者のみ。頑張ってなくても、勝てば「あいつはよくやった」 この上ない努力をしても、負ければ「あいつは努力が足りない」 そんなものだ。
 
 ある教員からこんなことを聞いた。「人の悪口を言うほど自分も言われている」
確かにその通りだ。それから僕もなるべく他人の悪口を言うのはやめた。言うのも聞くのもいい気分はしない。もちろん僕も悪口はどうしても言ってしまう。しかしながらまずは肯定してから否定することにしている。否定ばかりだと自分の小ささをすごく感じてしまうからだ。

 「脳ある鷹は爪を隠す」
 「弱い犬ほど良く吠える」
 良き師弟関係を築けるよう、お祈り申し上げる。

っていうか「いのぴよコラム」って批判の固まりジャン \(^^;)v

夢を売るのが仕事〜

2003.6.24
 千葉県選手権に5年ぶりくらいに出場した。
 高校時代から存じている先生方に、「頑張ってるなぁ〜」「またオリンピック出るのか?」と激励の言葉をたくさん頂戴した。
 僕が最年長かなと思っていたが、なんのなんの東海大望洋高校の須田先生が幅跳びに、しかも僕より全然いいアップシューズを新調し、また専大松戸高校の林先生がハンマー投げに出場していた。なんと林先生は関東選手権へ30年連続出場を決めたそうである。是非表彰をしていただきたい。他にもまだまだ僕より歳上の現役アスリートは数多くいた。嬉いかぎりである。
 そんな中、某実業団チームの日本代表選手たちが様々な種目に出場をしていた。400m・110mH・400mH・走幅跳などなど・・・
 「君達、総合優勝でも狙ってるの?(県選には総合順位はございません)」なんていいながら、これは活気が出ていいなぁと思って見ていた。
 400mの予選はこのチームから3〜4人ほど出場して皆さん47秒そこそこで走っていた。高校生にしてみれば、憧れの選手達が目の前を走っていることだけでも夢のようなことである。「決勝が楽しみだなぁ」と僕が思うくらいだから、みんなもそう思っているに違いない。
 さて準決勝であるが、2組 上位4着までが決勝進出で始まった。しかしながらある組は4人しか走っていない。歩いてゴールしても決勝へ進出する。注目の選手達はこぞって棄権をした。110mH・400mHでも予選や準決勝で棄権。幅跳びの選手は6本しっかり跳んでいた。
 ちなみに千葉県選手権は関東選手権の予選会でもある。決勝で6位までに入賞すれば関東選手権に出場できる。
 この某実業団の選手達は一体何の為に参加をしたのかが疑問に残る。僕が高校3年生の時、この関東選手権予選で(昔は関東選手権予選は6月、千葉県選手権は9月と別だった)一般の選手や大学生の選手の胸を借りて、自己記録更新と関東選手権出場を目指して予選からハチマキをしめて頑張ったものである。それがいまや県選手権と兼ねているのだから、更に参加している選手達はこの大会の為に調整をして、様々な目標に向かって望んだことと思う。
 「自己記録更新」「関東選手権出場」「予選通過」「決勝進出」等など。
 
 もしこの某チームの棄権をした選手達が世界選手権の標準記録突破を目指していたのなら、日本選手権で出せないのだから出せるわけがない。今更悪あがきしてしょうがない。もし出そうものなら彼らの調整力を疑う。もし本当に怪我等のアクシデントがあったとしても、それは疑わしく感じる。もし練習がてら出たのであればあきれて物が言えない。
 某実業団チームを例にとってしまって大変に申し訳ないが、同じように日本のトップアスリートが数名出場していた。その多くが予選や準決勝で棄権をしていた。中には決勝で6位以内に入賞しておきながら、すでに関東選手権を不参加にしているトップアスリートもいる。
 確かに国際大会等に参加している選手からすれば県選手権は小さい大会かもしれない。でも参加する以上は他の選手と同じ土俵にいることを忘れないで欲しい。選手権は記録会じゃない。理由はどうであれ、参加する以上は最後まで健全に戦って欲しい。県選手権を利用するような位置づけなら参加しないで欲しい。高校生にとっては決勝進出するかしないか、関東選手権に出場するかしないかで進路が左右される学生もいる。もう1本走れば自己記録は出せたのにと悔やみながらレースを観ている選手もいる。それぞれのアスリートはそれぞれの思いを持って参加しているのである。
 「オリンピック選手は夢を売るのが仕事だ!」と長野五輪の時に青戸さん(中京大)に言われたこの言葉を一生忘れない。残念ながらこの某チームの選手達は、少なくとも同種目に参加していた選手達から夢と期待を裏切ってしまったことは事実である。少なくとも生徒に望みを掛けた指導者達から非難を浴びたのは事実である。僕はむしろ激怒している。
 とは言え、そんなことを考えながらでは競技は出来なくなってしまうかもしれないが、参加する大会の意義をもう少し踏まえて出場して欲しい。
 今回は特に目立ったのでコラムにしてみた。

 あ〜〜これでまた敵が増えたな(;o;)
 こうなったらとことん行くゾイ \(^o^)

選手に夢と希望を・・・〜

2003.6.13
 6月6日〜8日の3日間にわたる陸上日本選手権が行われ、世界陸上の代表30人が発表された。
 毎回選手の発表の際には、「何故この人が?」という選手が数名いるが、今回は僕的には妥当な選考であるのではないかと思う。
 それよりも僕は日本選手権自体に少し疑問を感じる。
 なにをかくそう出場選手が少ない。これは参加標準記録が高い為であるが、そのことに対しては、むしろその方が日本のレベルアップに繋がるのであればそれでいいと思う。全米選手権の100mの参加標準記録は10秒05かなんかだった気がする。それでも一次予選からある。日本の100mは10秒40がA標準記録であるが、この記録を日本選手権直前で、今シーズンクリアした選手はわずか13人。200mの21秒10を破ったのは5人。走幅跳 7m65は9人、走高跳 2m18はなんと2人、がしかし10000m28分30秒、5000m13分47秒をクリアしたのものは双方ともウジャウジャいる。むしろ高校生でも切れる。これは一体どういうことなのか?レベルアップを図るのなら、底辺をまずはしっかりと固めることが大事であると思われるので、それが目的とは考えにくい。どうしても競技時間の短縮の為としか思われない(組数が減る為)。その結果として、男子の棒高跳びは10名程の参加人数で、入賞者は6人。7位と8位がいないのだ。以前に比べればそりゃ早く終わる。10000mは30数名で一発決勝。注目の男子100M・・・なんて言っているが予選はたったの2組。
 もしそんなに競技時間を少なくしたいのなら2日間でやればいい。3日目の日曜日なんて昼の2時から5時半で終わりだ。だったらその分を2日に分ければいいことである。ただこれには誰もが批判をするだろう。僕も名案とは思えない。
 
 五輪・世界陸上とも1週間に渡り、壮絶な戦いが繰り広げられる。日本の選手は持ち記録は確かにいいが、世界では戦えない。それもそのはずだ。日本の大会で、五輪・世界陸上よりも厳しい大会をしたことがないからだ。200mの20秒03にしたって、棒高跳びの5m75にしたって、彼らにとってはこの上ない好条件の中で出た記録である。世界大会の短距離系は一次予選からある。400m・400mHは1日1本づつ。5000m・10000mだって予選からある。フィールドは予選3本、決勝6本だ。せめて日本選手権くらいでシュミレーションをしないとどこで出来るのだろうか。強い選手にとっては、本数の少ない方が記録を狙えるのでいいとは思うが、その反面実際の大会の予行練習することは出来ない。
 6日の金曜日は110mHがあったので競技場まで見に行った。なんとも閑散とした大会である。これが真の日本一を決める大会なのかと疑いたくなる。平日ということもあるが、あれなら中学生の通信大会の方が断然盛り上がる。プロ野球然り、格闘技然り、Jリーグ然り、平日でもスタンドを満員に出来るのは夜にやるからだ。仕事帰りにその日を楽しみに、1日のいやなことをビール片手に発散しに行くのである。野次をとばしながら、歓喜に沸き、それをエネルギーに明日への活力となる。
 陸上競技でそういう雰囲気を作るのは難しいかもしれないが、少なくとも夜9時までやっていた頃のスーパー陸上は観客が入っていた。現在はスター選手が数多くいるのだから、これを利用しない手はないと思う。
 
 我々選手は、日本選手権に出ることが1つの目標でもある。それがあまりにもかけ離れた目標になってしまっては、選手達でさえ陸上離れが進んでしまう。僕のようにまだ多少のチャンスのあるものはいいとしても、残念ながらそうではない選手にとっては「夢の日本選手権」はただの「世界選手権代表選考会」でしかないのである。選手達にもっと夢と希望を与えていただきたい。
 
 と、口が裂けても強化委員長を目の前には絶対に言えましぇ〜ん\(^o^)

泣くにはまだ早い〜

2003.6.10
 「よくやった!素晴らしい!感動した!!」
 「ありがとうございましたo(^-^)o ホント嬉しくて思わず泣いちゃいました」

 陸上の日本選手権 女子走り幅跳びで池田久美子選手(スズキ 以下いけくみ)が6m64で初優勝した。なんと2位の花岡選手(office24)と1cm差。世界選手権のB標準をクリアーして2大会連続出場となる。
 彼女のことはそれこそ中学生の時から僕は存じているが、話をするようになったのは昨年の8月に行われた東北選手権からである。僕は昨年1年間仙台に拠点を構え、仙台育英高校でお世話になっていた。短距離の女子で東北選手権に出場した選手がいたので、引率に行った時に生徒から紹介してもらった。
 3週間ほど前、BS日テレの「スーパースポーツマガジン」でイケクミの特集があったのだが、レギュラーの荻原次晴氏がお休みの為、僕に出演依頼が来た。いつも当番組では僕の特集をしていただき、司会の宮本さん(和知 元巨人軍)にはお世話になっている関係もあり、喜んで引き受けさせていただいた。
 その時のテーマというのが、「いけくみ 7mに向けて」であった。配布された資料で初めて知ったのは、中学の時の成績はご存知の通りであるが、小学6年生で幅跳び5m95跳んでいるのである。これは年齢別世界記録。ちなみに僕は中学1年で5m45、2年の時に6m15である。
 男女とも中学生の時に活躍した選手は、シニアになってから活躍する選手はそう多くはない。実際いけくみも高校時は中学の記録を上回ることが出来ず悩んでいたと思う。誰もがもうダメだなと思っていたが、大学2年で大化けした。「あの時何が君を変えたの?」と聞いたことがある。答えは「7キロ減量しました」 僕はあまり減量を薦めない。痩せる努力をする時間があるなら、パワーをつけよう!派であるから。7キロ減量するには相当な努力がいったと思うが、彼女は「7m」跳ぶのが競技人生の最大目標である。それをなんと小学生の時から言っていたのだ。その目標を掲げて11年目の今、彼女は確実に前進している。
 いけくみは練習中も試合中も、ずーっとノートに1本1本の跳躍を細かく記録している。僕も高校生くらいまでは練習日誌なるものをつけていたが、今では昨日の練習すら何をしたか忘れている。ひどい時は1時間前にやったウエイトを2度したこともある。「あれ!?これさっきやったよなー!?」みたいな感じで。彼女のそのひたむきさもまた、大きく成長させてくれる要因でもある。
 しかしながら僕の願いは、幅跳びでの「7m」も大いに期待したいが、ハードルでの日本人初の「12秒台」を是非出してほしい。僕から言わせれば、あのハードル技術で13秒2〜3が出るのなら化け物である。なにをかくそう小6から変わらぬハードリング。それだけに実に楽しみだ。
 ただ彼女のまだまだ弱い面を見つけてしまった。日本選手権では彼女の最終跳躍で6m64を跳んだわけだが、花岡選手が最後の一本を跳躍する前に涙を流してしまっていた。今年は6m30前後しか跳ぶことが出来ず、試行錯誤しながら本大会に挑んできたので嬉しい気持ちは分かる。しかしながら優勝しなければなんの意味もなくなってしまうし、結局は悔しさが残ってしまう。従って優勝を確認するまでは絶対に涙を見せてはいけない。
 今度涙を見せるのは「7m」跳ぶ時までお預けにしよう。
 
 その涙なら僕は1滴2万円で買うよ。\(^^)

勝ったものが強い!〜

2003.6.8
 いのぴよ「おめでとう!きみ素晴らしいよ!」
 谷川選手「いやいや・・ 勝たせてもらったようなものですよ。」

 6日から8日まで陸上の日本選手権が開催されている。今回僕は出場できなく、10年連続出場で途絶えてしまった。その代りと言ってはなんだが、愛弟子の八幡君(順大大学院)を優勝させるべく、気合いを入れて当日を迎えた。
 先月の関東インカレでは、13秒90の自己新で2部優勝をしているが、あくまで日本選手権で勝つための通過点でしかない。
 今大会の優勝候補は春先から好調の田野中選手(富士通)、内藤選手(ミズノ・日本記録保持者)、谷川選手(ミズノ)と手前ミソで八幡君の4人である。予選のW-UPを見る限りでは、内藤選手の動きは堅いがハードル間がズバ抜けて速い。田野中選手はいつになく身体が開いている。見ている人がいるなら修正すればいいのにと思ったが、今回ばかりは声はかけず。谷川選手は日本記録を出した時(13秒55)のような恐ろしいキレはないが、そつなくこなしている。一言で言えば「上手い」
 予選は、おおよその予想通りであった。内藤選手13秒68 八幡選手13秒86 谷川選手13秒85 田野中選手13秒85となった。
 内藤選手が一歩リードであるが、八幡君が優勝できる秘策はあった。予選のビデオを何度も見て作戦会議。話はまとまったところで、僕も彼も「優勝」の二文字しか見えなくなっていた。決勝までは5時間もある。こういう時はこの時間の過ごし方も非常に重要になってくるし、難しい。
 さて決勝前のW-UP。やはり高いレベルで残った8人である。皆いい動きをしている。しかしながら優勝を争うのはやはり予想した4人に絞られる。ここまでくると心を読むしかない。内藤選手は予選同様の動きであるが、ますます堅い。絵に描いたような真面目な彼は「僕は勝たなければいけない・・・」と思っているだろう。田野中選手は「俺は勝つ・・・今回は俺が勝つ・・・」 谷川選手「まずは自分レースをしっかり・・・」 八幡君「勝つのは俺だしぃ〜」とそれぞれの気持ちがなんとなく伝わる。
 今回は八幡君の高校時の恩師・宮尾先生(修徳高校)も応援に駆けつけてくださった。なんと言っても彼をインターハイ優勝(14秒16 大会記録)させた巨匠である。僕なんかよりも彼を知り尽くしている。僕にとっても心強い。その先生とスタンドで決勝を見守った。そして二人の意見は一致した。
 「八幡がダメなら勝つのは谷川」
 「内藤はリード足でハードル蹴るぞ」
 なんと予想は的中。競馬なら我々は万馬券獲得だ。
 優勝:谷川 2位:田野中 3位:内藤 4位:八幡
 日本選手権というのは、「勝ち方の知っているもの」「1番自分を持っているもの」そして「1番勝ちたいと思っているもの」が勝てる。ただ強いだけでは勝てない。ハードルは「一寸先は闇」「焦ったもん負け」である。
 谷川選手は「いぶし銀」というにはまだ早いが、本当に強い。「心」が強い。内藤選手は日本記録保持者というプレッシャーがあるとは思うが、社会人1年目で結果を出すには相当な図太さが必要。田野中選手は絶好のチャンスではあったが、負けは負けである。昨年の3位は初の表彰台ということで評価できるが、今回の2位は褒められない。そして八幡君は、彼の負けでもあるが、それ以上に僕の負けである。僕もなんかの間違えで1度日本選手権を勝っているので、勝ち方は知っている。にも関わらず勝たせられなかったことは僕のミスである。誰が1番甘かったといえば、僕である。まだまだ彼との二人三脚は続くが、僕自身も競技者としてもう一度日本一を目指して、1から出直さなければならない。
 日本選手権は何度見ても、どの競技を見ても大変に勉強になる。とはいえ僕は教員や指導者になるつもりはサラサラないし、陸上も特に好きではない。出来ることならこんな辛いことはしたくない。しかし自分が1番になれる場所が、ハードルやスケルトンしかないだけだ。

 てなことで予想が外れて懺悔しておられます「寺田」様。
 今回の110mハードルは、いたしかたないでございます。
 そんなことより、まもなくアクセス200万件突破しちゃいますよ\(^o^)
 

勝つことに執念を・・・ 村田広光氏より〜

2003.6.5
 平成15年5月27日
 偉大なスプリンターで、偉大な先輩の村田広光氏がお亡くなりになられた。まだ56歳の若さである。
 昨日たまたま順天堂大学陸上競技部50年史を見ていたら村田先輩のお言葉があったので掲載したい。

「悪夢のアジア大会」
 『アジア大会』という言葉の響きは、苦き思い出を呼び起こす。昭和45年、社会人となった1年目。第6回大会(バンコク)では4×400m優勝、4×100m2位になっているものの、自分の力がこんなものではないと不本意な成績が悔しかった。
 選手生活を振り返っても、これほど最悪の体調だったことはない。この時、体調不良は私一人ではなかった。その原因は日本大使館の歓迎レセプションのあった。『水を飲んではいけない』という注意はあったものの、ウイスキーの水割りの氷に原因があった。特に200mを走る前日は下痢がひどく、トイレで便器を抱えて寝たほどだった。こんな健康状態で走れるはずがないし、日本代表でなければとっく棄権していたでしょう。この時のことは<選手団食中毒>ということで大きく報じられた。
 アジア大会にまつわる悪夢はこの大会から4年前(昭和42年、大学2年)にさかのぼる。200mには絶対の自信を持って臨んだ第5回アジア大会の最終選考会。国立競技場は台風のような大雨で、トラックは、現在と違ってアンツーカーの土走路であったので田んぼ状態。初めて準決勝で落ちた。鏡の前で泣いた。スパイクの選択ミスだった。水に対応できるようにと作らせた3000m障害用のスパイクで走ったのが大誤算であった。スパイクから水が抜けるどころか、土踏まず両サイドに二つある3ミリ程の穴から、逆にポンプ作用で水を吸い込んだ。足全体が滑ってキックさえ出来ないし、もがけばもがくほど水が入ってきた。
 晴天の霹靂とは、まさにこのことだった。選考会の非常さを味わった。この年は200m・400mのランキング1位だった。他の大会も選考にしてくれていたなら・・・。 結果がすべてということを思い知らされ、そのことが私を強くした。そして大学3年・4年は勝つことに執念を燃やした結果が関東インカレ5冠王・3冠王につながったと思う。
 そして今、心配と迷惑をおかけした大病の後、もう一度走りたい気持ちが湧いてきた。病魔と闘うために走り始めた。   
                                         村田広光

 この文章を載せるかどうか悩んだ。 「村田広光」=「インカレ5冠王」である。高校時の成績(史上初3種目制覇)を見れば、当たり前のようにしか思われない。しかしながらその影には「努力と執念」があった。50年史に寄せていただいた言葉は「5冠・3冠」の栄光よりも、悔しかった「失敗談」ばかりが書かれている。僕はこれを呼んで 「おまえは絶対に失敗をするなよ」と言われているような気がする。
 3〜4年前にインカレにお見えになられた事がある。女子の桜井章子選手(順大)が200mで2位になったのを見て、「あそこまでいったら勝たせなきゃダメなんだ! チャンスはそう何度もあるものではない!」とコーチに厳しい言葉をかけられていたそうである。 
 「歴史的偉業」を成し遂げた方は、ものすごい努力をしている。村田氏も例外ではない。自分に厳しいがゆえ、競技者にも厳しいのだろう。「1位以外は意味がない」極端に言えば競技スポーツはそうである。
 負ければ誰でも悔しい。その悔しさを「もうだめだ・・・」とあきらめるか「こんなもんだろう」と中途半端な反省をするか「次こそは!」とリベンジを決めるかは自分次第である。
 僕のアスリート人生はそう長くはない。「勝つことだけに執念」を胸に秘め、村田氏のように人生走り続けていきたいと思う。
 心よりご冥福を申し上げる。

帰ってきた「アスリート」〜

2003.6.4
 「登録ってどうすればいいんですか?」
 
 僕の2学年下の佐藤君(真也)が大学卒業以来6年ぶりに競技に打ち込み出した。
 彼の種目は円盤投げ。大学時代は日本インカレで46m28で4位に入賞している。ことのきっかけは・・・
 @教員免許を取りたいので研究生の手続きをしたいとNatsuwayに申し出る。
 Aそこに僕がたまたま居合わせて「たまにはグランド来なよぉ〜」と社交辞令
 Bでグランドに来てふらりと投げたら41m。
 Cそしてなんと家が隣近所。
 それからというもの、休みの日は順大で投げたりウエイトしたりと練習に精を出している。最近では42〜43mを投げている。しかし目標がなければ頑張れない。早速彼は千葉陸協に登録をし、「千葉県選手権出場」を最初の目標にした。参加標準記録は37m。この標準記録突破を目指して6月1日の筑波大学記録会に出場した。僕も出場する為一緒の車で筑波まで行くこととなった。台風が来ているので彼は天気がとても気になる様子。雨が降ればサークルが滑ってしまうからだ。しかし不安半面、大会に出られる喜びも半面に見られた。
 高校生も合わせて30人以上の出場者で予定よりも15分遅れで始まった。心配された天気はまだ大丈夫である。大事な1回目の投擲。フェンスにあたって8m位に所にポロリ・・・ やな予感が走る。2回目の投擲は41m44。これで千葉県選手権は出場できる。目標はクリアーした。その後3・4・5回目とフェンスにあてるが、その時の彼の悔しがりようはすでに「アスリート」になっている。最終投擲を前に大雨が振ってきた。「なんだよぉ〜」と何故か非常に悔しがる僕であるが、彼は冷静にタオルに円盤を包ませてサークルに入った。6投目は綺麗に飛んでいい記録が出たような感じがした。がしかし2回目と同じ41m44。 
 競技を終えて彼は不満気に戻ってきたが、なんのなんの立派である。もし「いやぁ〜良かった良かった こんなもんだな」と言っていたら程度が知れている。学生の時はいやでも円盤を毎日見ていたが、今は競技をやれる1分1秒が我々には大事なのである。それを彼も感じているのである。
 実は競技が始まる前に、「日本選手権のB標準って・・・」と彼は来年の日本選手権の出場をも目標にしている。以前に千葉県選手権の話をしている時も、「関東選手権は何位まで出られますか?」とやる気満々だ。
 しかしこれは本当にここ1〜2ヶ月の話である。6年間円盤に触ってさえいなかったのに、今は真剣に競技に熱中している。大学時代に悔いがあったのかなんなのかは知らないが、心のどこかで「もう一度投げたい!」と思っていたのだと思う。何の気なしに「たまにはグランド来なよ」と言った一言のせいかどうかは分からないが、また1人貴重な「アスリート」が戻ってきてくれたことは本当に嬉しい限りだ。是非来年は一緒に日本選手権に出場したい。
 どんなことでもいい。何か1つ、仕事とは別に本当に自分のしたいことを今すぐ行動に移そう! 休みの日に寝るのはもったいない。寝るのは生命が絶たれてからいくらでも寝られる。1度きりの人生。時間は自分の為に使おう!

 さてもう1人帰ってきた「アスリート」と言えば、大学4年時に日本選手権で優勝し、その後富士通で活躍していたが、1年前くらいに引退をしたヤリ投げの田村美喜雄君。4月頃に「なんかデカイ奴が投げてるなァ〜」と思ったら田村君だった。「どうしたの?」と聞いたら「いやぁ〜また投げたくなって。。」である。
 辞めるときは「もう競技はいいです・・・」と言っていたのに、結果重視の実業団から解放されて、ようやく自分を見つけられたのだろう。以前と何が違うかって、明らかに表情が良い。プレッシャーもなく、純粋に競技を楽しんでいる。5月に参加した記録会でも、しっかり64m投げていた。「いやぁ〜しょぼしょぼですよ」とはいうものの、辞める直前は60mも行かずに悩んでいた。
 レベルはどうであれ、みんな競技を愛しているんだなと嬉しく思う。実業団は競技で給料をもらっているのだから、成績を重視するのが当然。しかしその反面、貴重な選手の競技人生を奪ってしまうことも事実。
 こうして卒業生が練習に来てくれると、学生達も貴重なアドバイスをいただけて、活気があふれてくる。僕はこれが本来の順大の良き姿であると思う。

 田村君と言えばこんなエピソード
 ある日のグランド・・・
 いのぴよがストレッチをしていたら・・・
 S総監督「なにをダラダラ寝ころんどるんだ!」
      「そんなことでキチンと投げられると思っているのかぁーー!!」
 いのぴよ「・・・? いや・・投げませんけど・・・」
 S総監督「・・・・・・・・・!!!」
 
 僕がサングラスをしていたため顔がわからず、田村君と間違えたらしい。
 どうせ僕は投擲と間違えられたハードラーさ\(^o^)

「努力の達人」は「意地の達人」 その1〜

2003.5.21
 「おめでとう! おまえすごいよ!」
 「ありがとうございます! 自分でもビックリです。」
 「今度は7000点だぞ」
 「はいっ!絶対頑張ります!」

 5月11日と16〜18日までの計4日間に及ぶ関東インカレが行われた。毎年インカレを応援に行くが、学生の戦いぶりからいつも「力」を分け与えてもらう。
 今回も非常に感動した選手が3名ほどいる。
 もちろん順天堂大学の選手になってしまうが、まずは冒頭での会話における選手である。
 10種競技の「澤野悠大」君。彼は棒高跳びの澤野大地選手(ニシスポーツ)の弟である。高校時代の専門はやり投げであり、順天堂大学に入学後、本格的に混成競技に取り組んだ。彼が入学した頃は、「混成ブロック廃止説」まで飛び交うほどになっていた。金子宗弘選手(ミズノ・日本記録保持者)が引退をされてから1〜2年であったが、学生達はもちろん頑張ってはいたが残念ながらインカレ等で戦える選手はいるとは言えない状態であった。そして彼にとっては兄と比べられてしまうという別の苦労もついて回る。僕も何回か「だいちさぁ〜」と間違ってしまい、その度に「ごめん!」と言うが、彼は「いえ 大丈夫です!」といつも笑顔で答えてくれる気持ちのいい選手である。
 そんな彼が指導者もいない、強い先輩もいない中、もくもくと1人で練習をしている光景を思い出す。僕がハードルを跳んでいれば「一緒にいいですか!」と来てくれるし、ちょっとのアドバイスを聞き逃さず「今の感じでいいですか?」とここぞとばかりにトライする。遠いのに松田さん(克彦・混成競技 富士通→平成国際大)の所に幾度と通い、学んできたことを出来るまでやり続けて頑張ってきた。しかしながら、昨年のいつかは忘れたが骨折か何かの大きいケガをしたはずである。こういった苦労を重ねながら彼は4年生最後の関東インカレに望んだ。1日目はあまり芳しくない順位であったが、2日目にどんどん巻き返し、最終の1500mが終わって結果の発表が出たら見事「2位」である。取ってはいけない順位として「2位」「4位」「9位」というのがある。「2位」は金メダルを逃し、「4位」は表彰台を逃し「9位」は入賞を逃すという意味だ。しかし今回の「2位」は彼にとっては「金メダル」である。高校のときインターハイで活躍したわけでもない、大学に入ってこれといった成績は収めていない。長い苦労の「意地」で自分自身で栄光を手に入れた。
 競技スポーツは「センス」や「生まれつき・・・」は特に大学生以降(19歳〜)は通用しない。これに頼る者に以前のパフォーマンスを出せるものはいない。澤野君を見れば分かるように「栄光に近道なし」(体操 小菅麻里選手のパクリ)である。

 今日彼とグランドで会った。
 P「今度の大会は何?」
 S「全カレ(日本インカレ)です」
 P「7000点行きそうか?」
 S「絶対出したいです。」
 P「7000点出したかったら7500点出す計算を立てて練習しないと出ねぇ〜ぞ」
  「そうしたら1種目で70点くらいづつ必要だなぁ〜」
  「どうすればいい?」
 S「もう6週間ないので、苦手な100mとか400mとかのタイムを上げることが
   第一条件です。そうすればスピードがついて他の競技も記録が上がると思
   います」
 P「それもそうだが、投擲種目をもっと取れるだろう。」
  「ヤリだって自己新くらい出さないと戦えねぇ〜べ」
  「苦手なもの克服より、時間がないんだから得意なもので稼ごうよ」
 S「あ!そうですね・・・ そーかそーか・・・ ありがとうございます!」

 なにかひらめいたのだろうか(。。?)
 ノリノリ「大地」に期待しよう\(^o^)
 やばっ!!「悠大」だった(>_<;) 

「ラドクリフ」より「9秒93」より「10秒03」の日本の価値観

2003.5.16
 陸上専門雑誌は2種類ある。
 今月の表紙は2冊とも末續選手である。
 
 水戸国際は僕も見に行った。100mは男女とも実に見応えのあるレースだった。女子は新井選手(ピップフジモト)と坂上選手(ミキハウス)の対決をいつも楽しみにしている。二人の相乗効果で100mのレベルを上げてくれていることを嬉しく思う。
 さて男子のレースであるが、予選から10秒1台で末續選手が走った。こうなれば決勝での日本記録(10秒00・伊藤浩司選手)更新が期待される。
 決勝ではグングン加速し、「このまま勝っちゃうのかなぁ〜」って思っていたが、最後の10mくらいでP・ジョンソン選手があっという間に交わして勝負あり。問題はここからだ。優勝タイムはなんと速報で「9秒92」。言っちゃ悪いがあんなサブトラックもないさびれた競技場で「9秒92」。中京大記録会のハンマー投げで「82m」越えちゃうのもどうかと思うが、水戸での「9秒台」もとんでもないことだ。スーパー陸上でもそうそう出ない。しかもこの記録は「オセアニア大陸新記録」で初の9秒台。そうなればもちろん末續選手の9秒台が期待される。従ってマスコミはみんな寄ってたかって末續選手に集まる。しかしながら正式タイムの「9秒93」と出ている電光掲示板の横でポーズを取っているジョンソン選手には誰も見向きもしない。しばらくしてからライターのT田的さんや、陸マガ編集長のH田さんやらがネタ張片手にパラパラと近づいた程度だ。
 まだ正式に末續選手が「9秒台」を出したわけではないのだから、まずは勝者を称えるのがスポーツのマナーではないか?ま、一般のマスコミの方にそれを要求するのは酷であるから、一緒に走った選手、そして所属先の関係者、こういった方々がまずはゴールしてすぐに勝者と握手するとか、正式記録が出るまで一緒にいるとかするのが真のアスリートであると思う。相手あっての良き結果なのだから。まだまだ周りの見えない日本選手。世界で戦うのは程遠い気がする。
 それにしても100Mをやっていた手前での幅跳びの風は参考記録になる4M前後の強風。100mは公認記録になる「1.8m」。もう「水戸風」とか「水戸マジック」は止めてもらいたい。選手が可愛そうだ。見ててもつまらないし、年々観客が減るのもわかる気がする。
 
 話がまったくそれてしまった。2社の陸上雑誌の話であった。長年愛読しておるが、どうも記事が記憶に新しい順に掲載しているようでならない。お互いライバル社なのであるなら、仲良く同じような表紙はどうかと思う。雑誌の大きさが違うから区別がつくようなものの、同じサイズなら正直間違える。「この一ヶ月の間に陸上界は色々なことがあったなぁ〜」と振り返りながら読んでいるが、ラドクリフ選手の「超世界記録」の記事は双方とも半分過ぎてからだ。女子の2時間15分よりも、水戸の日本人の10秒03の方が日本では価値が高いということなのか?
 ちなみに森千夏選手(スズキ・砲丸投げ)は日本記録を樹立した。
 わずか2社しかない陸上専門誌なのだから、どっちを見ても同じような内容ではおもしろくもなんともない。ついでに箱根駅伝が始まると、まるで「アイドル雑誌」になるのも勘弁して欲しい。
 
 しかしながら毎月14日を楽しみにしているいのぴよである。しかも2社とも買っちゃってるし( ̄◇ ̄;)
 今回のコラムで大変だったこと。。。
 末續の「續」を探すのに一苦労したぜい\(^o^)

 

親はなくとも子は育つ

2003.5.04
 「井上さんと練習してるとほんと楽しいっス!」
 学生や後輩と練習してるとみんなから言われる。
 別に僕的には決して楽しくやろうと狙ってやってる訳ではないが、かといってしんみりと練習するのも絶対イヤだ。だからこそ自然と楽しんで練習をしているのだろう。
 しかしながら僕の練習は自慢じゃないが非常に辛い。辛いだけに笑いがないとやっていけないのも事実。
 僕は選手でありながら、色々な場で指導者としての立場を持っていることがある。数多くの選手の指導に当たって来たが、あまり成功しなかった選手と言うのはいない。もちろん様々なレベルはあるが、自己記録更新・全国大会出場・全国入賞・各目標達成・・・ 選手にとっての目標をほとんど叶えてきているような気がする。僕に指導力があるとかの話ではなく、最近色々な指導者を見てきてある共通点を発見した。
 タイプA:小心者(気の弱い)の指導者
       @アップが長い
       Aドリルが長い
       B集団行動を好む
       C練習量が多い
       D口だけは達者
       E試合のときのアドバイスが多い
       Fすぐ泣く
 タイプB:自信を持っている(気の強い)指導者
       @アップは個人まかせ
       Aドリルも個人まかせ
       B集団行動は自らはしない
       Cメイン練習は量より質
       D競技に対する言葉は少ない
       E試合のときのアドバイスは簡潔一点
       Fいざとなったら白状
 大きく分けてこの二つのタイプに分けられることが判明した。どっちがよくて、どっちかが悪いとかではない。タイプAは女性選手向き、タイプBは男性選手向きである。この選択が間違うと選手と指導者の関係が決して良い者ではなくなってしまう。
 僕は両方を使い分けで指導している。男子選手にはある程度の指示は出すが、あとは選手達に好きなようにやらせる。結果が悪くても責めることはしない。良ければ大いに褒める。女子選手にはとことん指示を出し、余計なことまで口を出す。マヨネーズ禁止・朝は30分歩け・僕の前で体重を毎日計れ・練習は男子の倍だ・・・ひどい時は24時間管理することもある。試合の前はあれを食えだの、サプリメントはこれを取れだのと、とにかく細かい。でもそれでいいのである。どちらも(男女)中途半端な良くない。これが逆になると、どんなにいい選手でも絶対に結果は出ない。選手にとってストレスが溜まるだけだ。
 もちろん双方とも選手の為にやってはいるが、最終的には選手が決断してやることだ。結果がどうであれ僕は彼らが楽しんで競技を続けてくれればそれで良しである。指導者がいなくても選手は勝手に育つ。このスタンスでやってきたら自然に選手がそれぞれ結果を出して来てくれた事だけである。僕がいい指導者なのではなく、いい選手に恵まれただけだ。
 選手達に必ずいう言葉がある。
 「僕は君達に最高の食材を提供する」
 「それをどういう風に料理するかは君達次第」
 「味付け・盛り付けが分からなくなったら聞きに来い」

 そして僕は良く喋る。本当に良く喋る。2時間練習やっても、喋らなければ1時間で終る。しかしたまに言う言葉が選手にとって非常に重要なアドバイスで、記憶にも残るのである。それはCMの原理だ。60分のテレビドラマを真剣に見続けても、ドラマの内容より途中で流れるコカコーラのCMの方が鮮明に覚えている。しかも歌まで歌える。90分授業は眠くて仕方がないが、休み時間になると眠気が覚める。つまらない時間よりも、興味のある時間の方が人間は集中するのだ。
 スポーツで結果を残す為には、人の何倍・何十倍もの練習をしなければ絶対に強くならない。僕は「努力と根性」派だ。この「努力と根性練習」をいかに興味を持って集中するかが、結果へと結びつく鍵であろう。
 指導者の皆さん
 選手は笑顔絶えずに辛い練習をしていますか?
 選手から問題定義をされますか?
 選手が心から「貴方のおかげです」って言葉を口にしますか?
 選手は自分で練習スケジュールを立てられますか?
 選手と競技以外の話で盛り上がりますか?
 選手はあなたに本当にぶつかって来ますか?

 はっ( ̄□ ̄川) これじゃまるで「多事総論」だ\(^o^)
 

いずれは引退・・・

2003.5.01
 「体力の限界! 気力の限界!」
 必ず引退する選手はこれを口にする。
 
 柔道100キロ超級でシドニー五輪銀メダリストの篠原選手が、29日の全日本選手権をあとに引退をした。篠原選手がピンとこない方は、五輪のときの誤審騒動で思い出していただけるかと思う。
 篠原選手は僕と同級。柔道の世界は30歳(今年31歳)の引退が早いのか遅いのかは分からないが、おそらく柔道歴20年とか25年とかの世界だろう。そうであったら長い競技生活である。
 先日の織田記念では、同級生の浅見君が13秒94で4位(日本人3位)になった。僕の同級生はすごい。谷川君(ミズノ・13秒55)、浅見君(佐川急便・13秒60)、花沢君(クレーマー・13秒71)、引退した選手では小苗君(元富士通・13秒71)、下鳥君(新潟ハレンチ教師・13秒95)と揃いも揃っている。僕がいまだにハードルをやめられないのは、彼らがいるからだ。
 特に浅見君、花沢君などとハードル談議が始まると、軽く一夜を明けてしまう。
 そんなときに思うことがある。引退する選手は、体力や気力の限界のせいにするが、僕は「知力の限界」であるとおもう。それとは別に様々な環境における原因ももちろんある。僕は毎年毎年色んな方に出会って、そしてまだまだ自分には足りないところが沢山あり、やらなくてはいけないことがドンドン出てきて、新しい知識、情報、戦略、戦術・・・ そして同級生からの刺激。ついでに後輩からの突き上げ。いつになってもやめる暇などない。人生一度きり。今やめてしまっては、こんなにもったいないことはない。今ある知識を指導者として選手に教えるより、自分自身の為に使いたい。
 
 テニスのアンドレ・アガシ選手が世界ランク1位に返り咲いた。2年半ぶりのトップ復活。しかも現在33歳。1位に返り咲いた時のコメントは「多くの努力と決断、色々な相手に、色々な会場で勝った事の結果だ」そして「少なくなりつつあるチャンスにもっと気を配り、成し遂げたことにもっと感謝を」
 アガシ選手は純粋にテニスが好きなのだろう。勝つことにこだわる前に、自分のテニスをしっかりやること。その結果としてただ単に勝利がついて来て、その繰り返しで気がついたら世界のトップにいたというだけのことだろう。
 「成し遂げたことに感謝を!」こんなにいい言葉は他にあるだろうか。どんな場面でも「感謝」の気持ちを持っていられる心の綺麗な人間であり続けたい。
 
 残念ながら僕にもいずれは引退するときが来る。まったくその時が想像が出来ないが、その時は「知力の限界」に到達するときだろう。しかしこれだけ好奇心旺盛で、新しい物好きの僕が「引退」するのは程遠い気がする。ハードルだけをやっていたら、とっくにやめていただろう。ボブスレーだのスケルトンだのと始めるから今だ現役でいてしまっている。
 引退を考える暇があったら、新しく開拓する時間として費やしたい。
 
 昨日、リニアートの増田さんのところで癒し系(ひやかし系??)マッサージをしてきた。
 そこでの会話。
 いのP「浅見はすごいっすよ。なんで13秒台で走れるんだろうか??」
 Rマス「そりゃハードルしかやってへんからやろう」「おまえみたいに色々チャンスが
      あるのとは違うんやぞぉ〜」
 
 そうだった・・・僕は色々逃げ道を作りすぎていた(。。;)
 だって飽きっぽいんだもぉ〜ん \(^o^)

廃部・解雇・活動停止〜

2003.4.30
 皆さんご存知のとおりNEC陸上競技部は6月30日付で廃部が決定しました。
 廃部の理由といたしましては新聞等に載っているとおり経費削減などで運営が難しくなったことが理由だそうです。
 あまりにも突然の出来事でした。これからのことはまったくの白紙状態でこの先どうなるかわかりませんが、気持ちをしっかりともって頑張っていきたいです!
 心配してくださったみなさんどうもありがとうございましたm(__)m


 これは奥田真一郎選手(NEC)が同級生の坂井隆則選手(TOYOTA)のHPに寄せた言葉である。
 奥田選手といえば、大学3年生のときの箱根駅伝で5区(山登り)を区間賞から49秒差で3位で登った事が僕にとってはとっても印象的だ。何故かと言うと、「登りやるなら箱根は走りません」と沢木総監督に直談判をし、「何をいっとるんだ・・・」と軽く交わされたという噂を事前に耳にしていただけに、どうゆう走りをするのか楽しみにしていた。
 今年のクロスカントリーで快走を続けた奥田選手だが、オフロードも強いと言うことを沢木総監督は見抜いていたのかなと今更ながら思う。
 その奥田選手が所属しているNECが6月で廃部となる。選手にとっては寝耳に水でさぞかしショックであろう。そんな中、奥田選手が寄せた言葉には、短いながらも強い決意が感じられる。このNECネタについては数多くの方が言葉を寄せている。
 余談だがNatsuwayが所属していた「コピーはMタ」は倒産。しかも本人はテレビで見てビックリ(×o×;)みたいな・・・。
 しかしなんでまたNECはバレーでもなく、ラグビーでもなく、陸上なのか。答えは簡単だ。チーム優勝していないからだ。企業スポーツは勝ってなんぼの世界。この3競技の中では陸上は1番お金がかかってないような気がする。ラグビーもバレーも人数は多いし、バレーなんてVリーグが始まったら、全国各地に飛び回る。週2回の移動があり、関西から北海道に行ったり、そこから今度は関東に戻り次は東北・・・こんなノリだ。しかしながら優勝されてしまってはなかなか廃部には出来ないだろう。しかも女子はあの葛和監督だ。陸上でいう小出監督か藤田監督(グローバリー)みたいなものだ。チームが存続しているのも葛和監督の人間性(人脈・人付き合い)も大いにあることと思う。
 以前に解雇された我が師匠、越選手のことをコラムで書いた。現在大口でスポンサーを探さず、数社の寄せ集めでやっていこうという動きでスポンサーを探している。それも手だと思う。しかしながら私思うに、越選手ほどのレベルで、しかも人間的なもの、年齢的なものを考えると、長野県なり地元自治体などが向こう3年間フォローしてもいいのではないかと思う。そこら辺の選手なんかよりよっぽど知名度は高いのだから、それくらいは誰かが気づいてほしいものだと思う今日この頃だ。 
 そしてソルトレイク五輪を含め、3回五輪に出場しているスピードスケートの糸川選手が所属していた「コクド」を退社した。これで同社の選手はいなくなり、事実上活動停止となった。コクドは黒岩 彰選手を始め、数多くの五輪入賞を搬出した。逆に言えば五輪で入賞しなければ、コクドとしては選手として必要ないということになるのであろう。
 以上を含めて僕が言いたいのは、実業団選手はもっと危機感を持ってやって欲しいと言うことだ。日本のレベルが世界に程遠いのは、適当に競技をやっていれば飯が食えるからだ。以前僕がアメリカチームのマイルリレーで五輪で金メダルを取った選手にTシャツをあげたら大喜びしていた。冬季競技は五輪で入賞したって、相手にされない。日本の陸上界は、前年インターハイで活躍した大学1年生の選手に、やれスパイクだのシューズだのジャージだのシャツだの靴下だのあげている。それを当たり前だと思っている学生がほとんど。これは1例だが日本の選手は恵まれすぎて、異常な現実に麻痺している。
 今回NEC陸上部が廃部となったが、これは本来の日本の企業の実態なのである。逆に存続していることが奇跡なのだと言うことを実業団選手・関係者の皆さんには理解してほしい。昨日、日体大長距離記録会を見に行った。織田記念の結果も見た。高校生や大学生よりも後ろを走っている名門の実業団選手は数多くいる。おまけに「今回は調子悪かったなぁ〜あはははぁ〜」だなんて言ってのけるおめでたい選手もいる。一戦一戦、一日一日を無駄には出来ないはずだ。たとえ記録会でも、未調整でも、負けていい相手といけない相手ぐらいの区別はつくのではないか?
 これからの日本のスポーツは、競技を応援するとか、宣伝の一環であるとかでのフォローは難しくなるだろう。「○○選手を応援しよう!」といった個人的な応援でないと選手は生き延びられない。その為には「誰からも愛される人間」を自分自身で築きあげることが第1! そして指導者の皆さんも「誰からも信頼される指導者」、そして「誰からも愛される選手作り」を考えていかないといけないと思う。
 今は自分自身の意見を持っていない選手が多すぎる。常識のない選手が多すぎる。それは指導者が選手を可愛がり過ぎだ。親はなくとも子は育つ。競技力を上げる前に、ひと一人の人間を形成させることが競技力向上への近道であると僕は思う。
 強ければいいってもんじゃない。勝っている時はそれでもいいと思うかもしれないが、人間いずれは負ける。そこから這い上がる為には本当に多くの方の力と応援が必要だ。それは競技だけの話ではない。第二の人生を歩むときもそうだ。いざ競技をやめたとき、なんにも残っていない自分に気づくのがオチだ。だったらせめて人脈だけは作っておこう。せめて人柄だけは誰にも負けないと言える自分を創ろう。

 僕は金はないが、愛があり夢がある\(^o^)・・・の つ☆も☆り v( ̄^ ̄)v

忘れぬ恩師の言葉〜

2003.4.11
 「おまえね ハードルで世界一になって新聞の一面飾れるか?」
 「箱根はね 新聞の一面はもちろん、テレビのトップニュースになるんだよ」

 僕が就職の時に沢木総監督からいただいた言葉である。
 当時(8年前)は「だからなんだよ」と思っていたが、今は「本当にその通りだ」と思う。
 先日、仙台育英高校陸上部の渡辺監督(高夫)とこの話をしていた。
 渡辺監督も「全くその通りだ」と言い「高校生も駅伝で日本一よりも、甲子園出場の方が全然価値は上だよ」と笑顔でおっしゃっていた。
 
 世間を大きく左右するのはマスコミだ。マスコミというのは本当に恐ろしい。
 同一人物をスターにも出来るし、一瞬にして犯罪者にも出来る。真の情報というのは「本人のみぞ知る」である
 以前に室伏選手がモデルの川原なんとかと噂になった。これもでっち上げである。悪く言えば室伏選手が利用されたのである。芸能界で必要なのは「話題性」 スポーツ選手のさわやかなイメージを利用する人は後を絶たない。選手の皆さん 充分に気をつけてください。
 
 さて話は戻るが、スポーツ界では色々と不条理なことは多々ある。身近なところで陸上競技を例に取るが、日本という国では長距離いわゆる駅伝・マラソンに人気が集中する。これはいたしかたがない。テレビ放送も多いし、世界でも活躍する。長距離のチームを作ろうという会社は後を絶たないが、短距離・ハードル・跳躍のチームを作ろうという会社はまずない。ましてや投擲種目の選手は本当に辛いところである。
 そこで恩師の言葉を思い出した。企業としてスポーツにお金を出すのは、宣伝効果を見込んでのことでしかない。同じ金を掛けるのなら、10秒で終わる100mより、2時間走るマラソンを選ぶだろう。
 15〜30秒のCM一本作るのに2〜8億円以上かかる。だったら駅伝やマラソンで2時間映ってもらうのに年間1〜2億円の予算で済むなら儲けもんだ。
 「長距離ばっかり」と嘆く選手。しょうがないことである。箱根駅伝で優勝したら、その学校の経済効果は軽く10億円は越す。
 「僕は順天堂大学卒です」と言えば「あ〜駅伝の有名なところ」と言われるし、「東海大浦安卒です」と言えば「甲子園よくでるよね」と言われる。
 僕はそういわれるのがやっぱり嫌だから、他の誰もやっていないことをやって、「あ〜あの井上さん」と言われたい。
 少なくともハードルの世界では僕より内藤君や谷川君のほうがはるかに知名度は高い。しかし世間全体で見れば「五輪ヘアーの井上」の方が知られている。
 別に僕は有名人になりたいわけではないが、せっかく親から「生命」をもらったのならば、死ぬ間際に「いい人生を送ったな」と思ってこの世を去りたい。
 それが僕にとっては「スポーツで名を残す」なのである。別に物好きでスケルトンを始めたわけではない。そりゃやってみれば奥が深いからはまるが、出来ることならこんな危険な競技を選びたくはない。しかも現時点では女性に負けることもある。しかしながらハードルだけを続けるよりかは新聞の一面を飾れる可能性は高い。
 「宝くじは買わなきゃ当たらん」と前にも言ったが、「1%の可能性は100%に出来る」ということも言える。問題は、諦めるかしぶとく食い下がるか。本人次第である。
 スポーツに限らず、今熱中していることを極めてみてはいかがだろうか。新聞の一面は飾れないかもしれないが、自分の人生の表紙を飾れることは出来る。これは世界で1つだ。むしろその方が価値は高い。

 もう1つ忘れぬ恩師の言葉がある。
 高校から順天堂に進学するに当たり、東海大学と迷っていた時、当時順天堂大学ハードルコーチT先生からの一言
 「おまえに東海大学は似合わん !( ̄^ ̄)!」
 
 根拠はあったのかなぁ・・・\(^o^)
 

スポーツメーカーのフォローのあり方〜

2003.3.31
 「○社から切られたのでなんかメーカー紹介してください。」
 「△社くれないんで☆社にしようかと思うんですけど」
 
 一体君たちは何様のつもり?と言いたくなる。
 もっと恐ろしいのは、高校生に足型をとってご満悦の方たちだ。
 確かにシューズは大事だ。しかし足型を取ったところで世界一になれるのか?インターハイ勝てるのか?そんなことよりもっと大事なことがあるだろう。
 商品をもらえる=強い選手 というステータスな部分はあることはある。しかし物を大事にしなくなるのが現実だ。そして「★社は最近くれない」などど訳のわからないことを言う選手が続々と増えてくるのだ。
 選手に商品を提供するのは、販促活動として競技力の高い選手がいわばモデルとして着用することによって、ユーザーが増え利益に反映される。そしてもう一つは、新商品の開発に伴い、選手の意見を取り入れ売り物の商品として完成させる。この2点が大きな理由ではないだろうか。
 選手の皆さん!スポーツメーカーも不景気で大変なのです。必要なものは買いましょう。
 そして実業団の皆さん!あなたたちこそ給料もらっているのだから買いなさい。
 食事や治療、トレーニングに関するあらゆることに金を惜しむのであれば、所詮選手としての程度は知れている。自分自身にどれだけ投資できるかが鍵なのである。車買う金があったら、自分のとって最高のスパイクを作ろうではないか。
 メーカーの方にも言いたい!中途半端に選手と契約しないでほしい。というのは、ちょっといい記録や成績を出した選手に、「これからはしっかりフォローしますから」と言っておきながら、ダメになるとあっさりと打ち切る。しかも何の予告も報告もなしに。
 「出来ない約束はしない!」 信頼関係の基本ではないか?
 フォローしている選手に、年度の方針やそれぞれの選手に対する提供の度合いや有無をしっかり説明するのは義務ではなかろうか。そこら辺が曖昧だから選手とメーカーに溝が出来てしまうのだろう。フォローできる選手の的を絞って、中身の濃いものにしていただきたい。
 
 ところで今スパイクとかっていくらするの?
 ここ12年 買ったことがないから分からなぁ〜い\(^o^)  


陸上選手よ!ハングリーになれ!!〜

2003.3.29

 「無職の越でぇ〜す☆」
 電話での第一声である。
 「大丈夫大丈夫 なんとかなるし、競技は絶対やめないから」
 「うっふっふっ」

 24日にスケルトン競技の第一人者 越和宏選手が所属先の株式会社ホクトが来期の契約を更新しないことを明らかにした。
 越和宏・・・ソルトレイク五輪8位 WCカップ2度優勝 今シーズン世界総合3位
 これだけの成績の持ち主がスポンサー求めて自分で活動をしている。陸上界で同等の選手は誰かと考えたら、室伏広治選手しか思い出せない。
 陸上競技と比べたらスケルトン競技はマイナーである。しかし五輪で8位というのは、短距離種目でのファイナリストである。数多くの日本記録保持者より越選手の方が名は知られている。
 日本には国立スポーツ科学センターというそれはそれはご立派な施設がある。totoの収益金を何百億とかけてつくったものである。なんでも日本代表選手はトレーニング場が無料で使えるらしい・・ということをおととい知った。
 それで、やれ五輪のメダルが減っただの、アジア大会惨敗だのとよく言えるものだと感心する。お金の使い道がどう考えても間違ってはいないか?
 越選手は500万円あれば競技も出来るし生活も出来ると言っている。五輪シーズンのボブスレーチームは、一人150万円負担してWCに参戦した。そしてJOCからもらった五輪の日当は2000円ちょっと。2週間いたので3万円弱。これが日本アマチュアスポーツの現実である。
 くしくも僕は越選手のこの記事が出た日に、某企業と冬季トリノ五輪で金メダルを目指す為に支援してくださるというお返事をいただいた。
 したがって越選手がいないことには始まらない。僕も全身善意で彼の力になりたい。
 
 日本の陸上選手でここまで苦労をして競技を続けようとしているものはいるだろうか。
 「陸上をやらせてくれないから会社やめます」
 「競技に理解がないから移籍します」
 こんな言葉を良く聞く。
 このご時世、陸上なんぞに金など出すような企業があるわけないだろ。長距離というのはテレビや新聞、雑誌などへの広告宣伝の為にという企業としての期待度があるからチームを運営している。それを理解して走っている選手が何人いるだろうか。企業としては「1番」以外は必要ないのである。
 
 いつまでも競技が出来ると思うな。
 怪我しているヒマなどない。
 やるからには日本代表くらいになれ。

 うっ・・・
 僕も陸上では一回しか日本代表になっていない・・・
 しっつれぇ〜しやした )^^(


越和宏選手 契約満了・・・〜

2003.3.29



Qちゃんはエライ!!〜

2003.3.23

  「強いものほど謙虚であれ」
  これは僕の持論である。
  
  順天堂大学陸上競技部50周年のスペシャルゲストで、忙しい中高橋尚子選手が来て下さった。
  お役目は帖佐先生への花束贈呈である。
  すぐに帰るのかと思いきや、長い長いご挨拶にお付き合いいただいた上、乾杯が終わったら真ッ先にビールを持ち、諸先生方にビールをついで回っていた。もちろん色々な方から写真を頼まれても快く、むしろ喜んで(?いるかは分らないが)一人一人丁寧に対応をしていた。それが彼女の魅力だろう。
  よく「強いスポーツ選手は生意気だ」だの「わがままだ」だのと言われる。正直言ってそういう選手の方が多いとは思う。しかし苦労を重ねて実力を発揮した選手は実に皆さん謙虚だ。僕の中で極めて腰の低かったのが松岡修造さん。驚くほど気を使っていただき、そして特に女性には非常にやさしい(裏があるわけではなく普通に)。以前一緒にトレーニングをしていたことがあるが、まず負けず嫌いである。出来なければ出来るまでしつこくやるし、なにせ本当によく食べる。ホテルで4時間以上食べ続けるのはざらである。僕は「くぅ〜ぞぉ〜さぁ〜〜ん」なんて言っていたが、本当は怒ってたんだろうなぁ。
  僕自身、五輪ヘアーなどして一時期世間を賑わした事があるが、あの影響も決していい方にだけ向いている訳ではない。僕のことを知らないほとんどの人は、「いばっていそうだ」とか「ちょっと頭がおかしいんだ(そりゃそうかもしれん)」とかという印象を持たれている。ですから「こんなに好青年だとは思わなかった(自分で言うなって)」とよく言われる。いいのか悪いのか迷うところだが、印象悪くならないように気は使っている。
  我が大学OGに日本記録保持者がいる。彼女は中学の頃から全国級であり、競技成績はそれはそれはものすごい。しかし人物的には決して褒められる者ではない。先輩ぶるわけではないが、挨拶はしない、礼儀はない、今回のようなパーティーでも座って食べているだけ。それでは上からも下からも応援されるわけなどない。別にそれで気にせず、1人ですべてやるのであればそれはそれでいいが、都合のいい時だけ人に頼るというずうずうしさが気にくわない。自分ひとりで強くなったような気でいるのであれば競技者失格だ。人の悪口を言うのは気分のいいものではないが、彼女だけは気づいてほしい。損をするのは自分だが、なにかあれば周りを巻き込むことになる。実際巻き込まれている人は多数いるが、一流競技者として、すべての面で見本となるような選手になることが大事なのではないだろうか。
  Qちゃんはこの祝賀会で何人の知り合いがいるのか。何人の友達がいるのか。答えは「ほとんどいない」である。しかも1番前のいわゆる「お偉いさんテーブル」を端から端まで回り、ようやく座って食事と思いきや、写真やサイン責め。それでも陽気にVサイン(指が良く開くんだこれが)して応えていました。パーティーのメインがすっかり誰なのか分らないくらいであったが、僕もまた「見習わなければいけない」と大変に勉強になった次第である。
  この歳になっても(僕もQも同じ歳)競技を続けていく為には、周囲の方々の応援とご理解がなければやっていけない。ましてやそれが男ともなれば、周りから「早く結婚しろ」だの「いい加減競技やめて、キチッと仕事しろ」だのと言われる。そりゃそうかもしれないが、人生は一度きり。ましてやスポーツで世界を目指すのなんて今しか出来ない。せっかく親からもって生まれたこの身体。やるからには世界一になりたい。
  その為に陸上でもう一花咲かせたい。
  しっかり減量しなければ。
  といいながクッキー1箱食べちゃった (°д°;)


歴史!伝統!順天堂!〜
順天堂大学陸上競技部50周年

2003.3.23

  歴史を語ることは古いのか?
  人生経験が増えたからか?
  歳をとった証拠なのか??
   
  「伝統を重んじる」
  これは沢木総監督がよく口にする言葉だ。大学生の時は 「そんなこと言われてもね〜」というのが本音だった。「昔は昔 今は今」というのは基本的に僕の考え。しかし今回の50周年祝賀会から感じたことは、歴史・伝統なくして物事を語ってはいけないということだ。昔のことを自慢げに話すとか、昔のやり方を推奨するということではなく、歴史を作ってくださった方々、歴史に泥を塗らないように戦ってくださった方々、未来への伝統にお力を貸してくださる方々・・・ 本当に心より敬意を称したい。
  我々が純粋に競技に没頭できるのは、諸先輩・後輩方があってのことだとと思う。今回ご出席された方々は特に、後輩や先輩のことをとても応援してくださる。もちろん僕のこともそうであるが、大抵の方はあらゆる選手をよく知っている。また昔の話に盛り上がり、ここ何年も味わったことのない刺激に満足されたようで、みなさん笑顔が耐えなかった。僕自身、1年生のときの4年生の方と12〜3年ぶりにお会い出来た方もいて、本当に懐かしくお話をさせていただきました。しかしそこは体育会系。何故か背筋がビシッ!みたいな・・・
  それにしてもこういう会はまだまだ慣れないものである。何せ乾杯まで1時間5分。予想通りとは言え大変にツライ。会費12,000円で食べることが出来たのはイチゴ2個。1個6,000円計算だ。しかしながら私のお世話になった方々、お世話になっている方々、これから益々お世話になっていく方々にご挨拶が出来、ありがたい応援のお言葉をいただいただけでお金では買えない貴重なものを得られることが出来た。

   歴代監督のご紹介があった。帖佐先生、大西部長、沢木総監督。よくよく見ればそうそうたるメンバーである。特に帖佐先生、沢木総監督は順大のみならず、日本の学生陸上界、そして日本陸上界の歴史・伝統・記録を大きく変えてくださった立役者だ。そんな威厳のある方々から学ぶことが出来たことは、我々の人生にとって大きな財産だ。「帖佐先生から一言」と吉儀教授(順大 陸連審判員長)からお言葉があると、沢木総監督がニヤニヤ笑いながら時計をチラチラ。これにはみんな爆笑であったが、さらに帖佐先生が「一言と言われたが、二言三言言わせてもらう」とタイミングのよさに益々大爆笑。内容はいつも同じで、特に「鯉川さんには悪いが、女子部がある限り箱根は見にいかぁ〜ん」である。でも帖佐先生も本当に丸くなったと思う。
  その鯉川女子監督は、来年度から講師として専任することとなる。女子1期生であり日本代表として何度も走り、キャプテンも歴任している。現役引退後は、沢木総監督の元で3年間助手として右腕となり、おんな沢木またはサワ子と呼ばれるまでに成長。
女子教員の少ない順大としては絶対に必要な存在である。本人も頑張っていくと思いますが、皆様のお力を是非お貸しいただきたいと願う。
  僕が1番感銘を受けたのは、第1期生の脇 徹氏(S31年卒)が元気なお姿でお見えになられて、最後に壇上でご挨拶をした時だ。脇先輩は第1回入学生で、1年目はたった1人の部員であった。いわば本学陸上部の原点中の原点だ。入学試験の裏話や、様々なエピソードをおもしろおかしく語ってくださり、世代を超えて脇先輩のお話にみんなが声を上げて笑っていた。
  本当に盛大に会が終了して、僕にとってはとても思い出の残る会であった。
  しかしこれだけは言いたい。
  我が大学陸上部OB!そして現役学生!
  みんなデカイ!! (おまえもだろうっ〜つの\(^o^))


卒業おめでとう! そしてありがとう!!〜

2003.3.19

  出会いがあれば別れがある。
  始まりがあれば終わりがある。
  別れや終わりは新しい1ページを開くことである。
  僕の自己記録は2000年の全日本実業団での13秒82だ。1999年から2000年にかけての冬季練習は、人生最大にツライ練習をした。その時一緒にやってくれたのが、今年卒業する学生たちである。当時は彼らが1年から2年に上がる年であったが、もう卒業である。本当に早いものだ。
  110mHの選手は八幡君・中島君・杉山君の3人。彼らと一昨年卒業した古川君(山形 14秒09)、昨年卒業の小田垣君(兵庫・社高校出身)と僕の6人でトレーニングをしてきた。
  今年卒業の3人は本当によく頑張ってくれた。そして色々なことがあった。
  誰から語って言いのか迷ってしまうが、思い出した順から書いていきたい。
  まずは中島君。ビリーというニックネームを命名し、チームのムードメーカーでもあった彼であるが、一年の終わりにちょっとした問題を起こし退部に。高校時代は110mHで14秒4台 100mで10秒6台で走り、国体は100mで出場している。しかしヤンチャな彼は元気が有り余っていたようだ。学校は退学せずになんとかいられたが、実家(群馬)に帰らされる始末。ふか〜く反省をして、どうしても陸上部に戻って走りたいという強い願望で、毎日グランド整備をしたり、朝練に出たり(これは不明)、グランドの植木に水をやったり(これも不明)して、不祥事の償いをしていた。 何度も沢木総監督に復部のお伺いを立て、2年生の夏にようやく許しが出た。
  それからは死に物狂いで頑張ったのであろう。4年生最後の日本インカレで、順大ユニフォームを来て彼は競技場に立つことが出来た。彼の努力と根性には頭の下がる思いだ。彼に勝る根性の持ち主はそうそういないだろう。
  さて次は杉山君。15秒後半の持ち記録で入部した彼は、14秒6までタイムを上げた。1年の頃は1日練習したら3日休むという規則正しい(?)ペースであったが、地獄の冬季練習は本当によく頑張った。もともと身体の線が細かったのであるが、一冬越えたらブカブカのタイツがピチピチになっていた。2年生になってからグングンタイムを伸ばして、15秒切ったらあっという間に14秒6まで自己記録を更新した。やはり努力に勝るものはないのである。
  それから陸上が楽しくなったのか、色々な種目に挑戦をして、実は100mが速いことが判明。これまた知らないうちに10秒5までタイムを縮め、中島君が「いやぁ〜あいつにはもう勝てネェ〜っすよ」とまで言う程にまで成長。
  なにより嬉しかったのは、杉山君が日本インカレでリレーのアンカーに起用されたことだ。ハードルだけにこだわっていたら、日本インカレには出られなかったことだと思うが、それは自分でつかんだチャンス。言葉には言い表せないほど嬉しかった。
  インカレ後の6大学では200mで22秒を切る快走をも見せてくれた。
  彼から「勇気と挑戦」という言葉を学んだ気がする。ありがとう。
  最後は八幡君。彼の走りを見たのは、高校生の時の南関東大会。いやはや小苗君(順大→富士通 13秒71)を見たときと同じ衝撃を僕は受けた。まだまだ日本人離れしたやつはいるもんだと。その大会は14秒9台でかろうじて勝ったが、インターハイは最低3位に入るなと思っていた。しかしフタを開ければ14秒16(大会新)でインターハイ圧勝。このときは高校生の恐ろしさを痛感した。
  そしてなにを血迷ったか順天堂大学に入学。もちろん国際レベルの選手を目指してのことだと思うが、2年生まで(4年生まで?)は足踏みをしてしまった。その間、ライバルの内藤君(法政)に日本記録を出され、悔しい思いをしていることと思う。しかし彼も今年度ようやく13秒台(13秒96)を出した。あと2年早く出さなければいけなかった記録ではあるが、彼ならまだまだ出る。今年度より同学大学院に進学するので、僕が責任を持って大選手に育てていきたいと思っている。
  3人とも4年生で日本インカレに出場したことが何よりも僕の宝だ。
  もう1人藤井君という800mの選手がいる。彼は東海大浦安から順天堂に進学をした。インターハイは3位に入賞している。
  藤井君が高2年のとき、400mの選手として頑張っていたが、彼が「なんでもいいから個人で県大会に出たい」と言ってきた。800mしか出られるものがないので、記録会にまず出したら、強風の中2分を切ってゴールをした。これはと思い、800mに挑戦していったら、南関東大会にまで行った。彼も400mにこだわっていたら、マイルリレーにも出られなかったのである。
  その後は新人戦で1分56秒台で優勝。翌年は1分52秒台までタイムを縮めインターハイで3位。正直この時は嬉しくて本当に泣いた。むしろ号泣だった。
  大学では怪我との戦いであったが、もしまだ彼にやる気があるのならまだまだ頑張って欲しい。
  「チャンス」というのは自然に掴めるのではなく、自分で行動を起こして掴むものであるとみんなから改めて教わった気がする。
  こんな後輩に囲まれながら陸上競技を共に歩んで来れたことを僕は誇りに思う。
  よく「最近の学生は・・・」などど口にする指導者がいるが、それは指導者に彼らの本当の良さを引き出す能力がないことが一番の原因だと思う。毎年毎年新しい選手が入ってくるということは、毎年毎年新しい情報が入ってくるのである。それに対応していくことが大事なのではないか。変わっていないのは指導者本人達だと思う。
  「むかしは〜」とか「俺らの頃は〜」なんてのは選手にとって何の役にも立たない。携帯やパソコンのように、時代の進化は10年ひと昔どころか、5年むしろ3年ひと昔の時代である。
  僕は今日卒業していく彼らと一緒にトレーニングすることが出来て幸せものだ。彼らへの恩返しの意味で、僕は世界一にこだわりたい。
  僕の大切な後輩たちの人生に幸あれ!!
  僕の大切な人生に価値あれ!?


長尾育子(順大)松江ハーフマラソンで順大タイ記録〜

2003.3.15

  歴史を変えることは偉大なことである。
  高校女子3000mで初の8分台を出したのが長尾育子である。インターハイでは阪田さん(立命館宇治 現立命館大)、藤永さん(諫早 現筑波大)についで3位に入賞した。
  その彼女が、大先輩である鯉川監督(順大女子監督)のもとで世界のトップアスリートを目指すため順天堂大学に入学した。
  スーパールーキーの1年目は誰も注目する。おまけに大学女子のレベルは、種目によっては高校生、むしろ中学生の方がはるかに高い場合がある。長距離などは高校生の方が断然速い。
  長尾選手の1年目はというと、怪我などで満足に練習すら出きず、逆に藤永さんが大活躍を見せていた。彼女の胸中穏やかではないだろう。僕の友人でもあり、ライバルでもあった110mHの小苗久信君というものすごいやつがいた。彼なら13秒3〜4台は間違いなく出た選手であるが、怪我が完治せず現役を退いた。現在、鍼灸師になる為専門学校に通っている。僕らが大学1年のとき、小苗君は日本インカレで13秒92の学生記録で優勝した。これは現在のジュニア日本記録でもある。僕はその時彼の付き添いで、目の前でガッツポーズをしている彼を見て、嬉しい反面ものすごい闘志が身体から噴出した。今の僕があるのは、このときの悔しさのおかげでもあるかもしれない。小苗君ありがとう。
  話がそれたが、長尾さんはそれからというもの度重なる怪我で満足に練習が踏めず、大会に出ても不発する日々が続いた。怪我も、痛みがあるが骨には異常がないという原因不明のものも多く、彼女はひたすら悩んでいたことと思う。 
  鯉川監督にも意地がある。「ここでこの子を潰したら、両親・河村コーチ(筑紫女学園)に申し訳ない。なんとしても強くさせなければ・・・」というのが口癖です。
  長尾さんは足に痛みがあっても、調子が悪くても、泣き言ひとつ言わないすごく意志の強い選手です。それがかえって鯉川監督の悩みの種でもあるらしい。
  今年度の全日本大学女子駅伝で、長尾さんを使うかどうか直前まで悩んでいた。長尾さんは走りたいとの意志表示、鯉川監督は今までの調子からだと厳しいとの見解。しかし前日の練習ではかなりいい動きをした。彼女のポテンシャルの高さをかって、長尾さんにかけた。しかし結果は散々。鯉川監督も長尾さんもどん底に落ちただろう。
  今回のハーフマラソンを出るにあたっては、長尾さんが教育実習に行っていたこともあって、沢木総監督は出るなとの指示、本人は出たいの一点張り、当の鯉川監督はユニバーが掛かっていることと、調子がいいことを踏まえて出すとの意向。しかし3週間練習を見れていないので、これまた賭けに出ることになるが、彼女信じて出すことに決定。長尾さんと僕は最成病院で石井篤さんという方のPNFをトレーニングに取り入れている。病院で会った彼女は、いつもより表情がよく、ズボンもユルユルだったので
「痩せた?」と聞いたら「はい ちょっと・・・」という返事だった。この時は僕の親父ギャグにも鋭い突込みを入れてくれて、一緒に来た八幡君(賢司 順大 110mH 13秒96 インターハイチャンピオン)も大爆笑だった。それだけ余裕のある彼女を見るのは久しぶりだったので、「今回のハーフは狙えるかなぁ〜」という前ぶれはあった。
  レース後鯉川監督からのメール「いっこ 順大記録(鯉川監督自身の記録) 学生で5位」
  嬉しかった。いつも見ている彼女の頑張りが、もう3年生の終わる時にようやく報われたと思うと、涙が出そうだった。ハーフでのユニバーは逃したが、トラックで狙える。やはり彼女の逸材はすごいものだと思う。鯉川監督と二人三脚で是非ユニバーに行って欲しいものだ。
  それにしても鯉川監督。今回の長尾さんの記録は「順大タイ」記録です。
  自分の記録くらい覚えてておいてくださいね \(^^)
  


海老根選手S1班初レース〜

2003.3.14

 海老根恵太・・・
 皆さん彼をご存知ですか?110MH中学日本記録保持者(14秒0)高校元日本記録保持者(14秒08)ベスト記録13秒82
 こんな輝かしい成績の持ち主が、大学卒業後(順天堂大学)競輪界をたたいた。それは「陸上では食っていけないから」それが大きな理由だ。
 海老根選手は東海大浦安高校に入学し、私とはそこでコーチをしている時に出会った。初めてハードルを跳んでいる姿を見て、「なんじゃこいつは」というのが僕の感想でした。どういう意味での「なんじゅこいつは」かというと、我々はいかに綺麗に跳ぶかがタイム縮小への近道であると思っていたが、彼の豪快でかつメリハリのあるハードリングに、今までの常識を変える美しさがあった。踏み切ってからの空間の脱力、着地からインターバルへの切り替えの早さ、決して綺麗ではないのだけれど、まったく無駄のないハードルを16歳の選手が出来るのをみて「こいつは高校生初の13秒台選手になるな」と私は思いました。
その後彼は順調にタイムを伸ばし、高2で14秒48、高3で14秒08、そして大学4年で13秒82という記録を打ち出しました。しかしそこには彼のセンスだけでは語れないものがあります。それはひたむきでこつこつと努力した結果があるからこそである。とにかく練習はまじめにやるし、「これやってみな」といったことは出来るまでしつこくやるし、飯はガンガン食べるし、よく寝るし、それが彼の強さであったと思う。
そんな彼が大学卒業後に競輪界に行き、現在大活躍をしている。デビューして無傷の9連勝で特進A級に昇格し(現在はS級・A級の2班性)、1年でS級に進級、先日(3月11〜13日 西武園の大会で最上位クラスのS級1班でレース出走いたしました。結果は決勝5位でありますが、まだまだ新人ということでラインの先頭で「逃げ」でのレースしか出来ない中、S級1班初レースで決勝に残ることはものすごいことである。
競輪デビューして1年半、彼の獲得金額は3000万円を越しています。冬季競技や陸上でのかつて名スプリンターも競輪へ転向しておりますが、彼ほど成功している選手はいなはずです。そこには彼の努力している姿があるからこそです。
先週、海老根選手から電話がありました。

「井上さぁ〜ん。千葉に帰ってきたんすか〜? 今度メシおごってくださいよぉ〜(^^)」

おまえがおごれっつ〜の( ̄^ ̄)


千葉ちゃん 頑張れ!2003世界陸上マラソン代表内定〜

2003.3.11

 なぜかマラソンネタって女子から入りますね。そりゃそうか、強いもんね。
 どうもいつも腑に落ちないのはマラソンの選考基準ですよね。賛否両論はあると思うし、理由を聞けばなるほどねって思うこともある。しかし競技者としての意見は、選考レースの1本化が望ましいことは望ましい。選考のあと、あーでもないこーでもないって必ずあるのだから、いっそ「このレースの上位5位まで」ってやっちゃえばいいのにといつもながらに思う。
勝負ってものは「強いやつが勝つのではなく、勝ったやつが強い」のである。記録なんてものは様々な条件の違いによって変わってくるし、ましてマラソンなんて特にそうではないか。それより持ち記録が悪くても勝てる選手は勝てるし、世界記録持っていても世界一になったことのない選手もいるわけだ。
スポーツで評価されるのはどちらだ?「五輪金メダリスト」か「元世界記録保持者」か。記録は破られる。破られたら「元」がつく。金メダリストに「元」はつかない。その大会は一回しかないからだ。
そんなことはどうでもよい。題名は「千葉ちゃん頑張れ」だ。
誰もがもう終わりだと思っていた「千葉ちゃん」が帰ってきたのだ。大阪国際女子マラソンで大幅自己新の21分台で2位だ。僕は目を疑った。と同時に「小出(義雄)マジック」の恐ろしさを痛感した。有森選手鈴木選手高橋選手と続いて千葉選手だ。本番では金メダルかダメ(怪我などで)かのどちらかだと思う。でもこれでは他の指導者の立場がないですね。実際、小出監督の練習をこなせれば世界一になれると思う。しかし並大抵の練習ではない。あの練習をやらせることの出来る監督が世界一素晴らしいの一言だ。
よく「○○でやっているトレーニングだ」、「○○選手のやっているトレーニングだ」なんて言って指導している方がいるが、それはそれぞれの指導者や選手になりきらないと、同じ練習しても絶対に身にならない。大事なことはオリジナリティを持つこと。練習なんて信じてやれば強くなれる。世の中間違った練習などない。ただ他人と同じことをしてはダメであるということだ。
今回の男子マラソンではなんと中国電力から3人も選ばれたではないか。補欠の五十嵐選手を入れたら4人ですぞ。ここが強いのか、他が弱いのかはなんともコメントしようがないが、駅伝のコニカと同様チームのまとまりが伺える。
そんな中、元気のいい藤原選手(中大)には是非頑張って欲しい。今年の箱根駅伝でも2区区間賞を獲得し、びわ湖マラソンで8分台でゴールした。その後のインタビューに彼の強さを伺えた。「8分台狙いだったので、学生記録(佐藤敦之・現中国電力 2時間9分50秒)の更新は別に考えてませんでした。目標としていた8分30秒を切れたので70~80点です」かなり自信のある練習を積んできた証拠がこのコメントに凝縮されていると思う。ビギナーズラックと言われないことを祈ります。
それにしても世の実業団選手。金もらって時間もらって走っているのだから、日の丸ぐらい背負いなさい。マラソンで学生に負けちゃいけないでしょう。世界的に見ても日本の実業団制度は恵まれている。大きい範囲で見れば、好きなことやって飯食っていけるのだから。
「頑張っています」って言っているうちは頑張っていない証拠。スポーツの世界に努力賞も技術賞もないのです。結果がすべて。全然練習しなくても1位は1位。ものすごく努力したとしても2位は2位。評価の対象は1位のみ。これを肝に銘じて日々精進しましょう。(って自分に強く強く言い聞かせているイノピヨでした)


〜久々にCDTV〜

2003.3.9

 光永の歌って売れてんですね。先週なんかの番組では「モー娘」のひょっこり・ひょうたん島よりも下にランクされていたけど、今週は5位だったな。RUI(柴崎コウ)の月のしずくはミリオン(100万枚)に近づいたとかいったとか。ミリオンってすごいよなぁ〜。光永でいま20〜30万枚だと思うけど、それもまたすごいな。
 でもてつANDともとかきのこオールスターズとかが普通にランクインしている日本って平和だなぁ〜っと思う。
 しかし日本人って限定物、流行り物ってのが特に大好きな人種だな。歌で言えばだんご3兄弟なんてどこいった?口ずさんでる人さえいないではないか。テレビの影響って恐いなぁ〜(><)。逆をとれば利用しない手はないって考えもあるか(゜д゜)・・・そんなことを言ってはいけない(−_−;)
 光永もこれからが勝負だと思うから、名前が消えないように頑張ってもらいたい。
 女子長距離界もコロコロ選手が入れ替わって、誰が誰だか分らなくなってきた。マラソンネタは改めてコラムにしよう。
 僕も五輪ヘアーは忘れられていると思うので、そろそろ新しいことしないとね(_^_)

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